来日決定のエルトン・ジョン、天才のトンデモ伝説
2015年11月に大阪と横浜で8年ぶりの来日コンサートが決定したエルトン・ジョン。バンドを引き連れての公演は14年ぶりなので、今から楽しみにしている人も多いのでは?
そんなエルトンのコンサートで先日、ちょっとした騒動があったのをご存知でしょうか。イギリスのグロスター(6月7日)、ドイツのライプツィヒ(7月3日)でのライブ中の出来事で、いずれも観客を制止しようとする警備員に対して、ステージ上からエルトンが激しく叱責したというもの。
特にグロスターでの一件は女性警備員を「ヒトラー」呼ばわりして、波紋を呼びました。
「あんたねぇ、そんな制服着てヒトラーにでもなったつもりでしょうけど、冗談じゃないわ。アタシは音楽をやりに来たの。ここは中国じゃないのよ!!」(筆者意訳)
もっともエルトンもすぐに言い過ぎたと反省し、その女性警備員をステージに上げ肩を抱きしめながら直接謝罪して、事はそれ以上大きくならずに済んだのでした。
このエルトンの癇癪(かんしゃく)は、いまに始まったことではありません。長年のパートナーのデイヴィッド・ファーニッシュが撮影した『TANTRUMS AND TIARAS』というドキュメンタリーには、PV撮影の何かが気に入らないようで、Fワードを連発して怒りをぶちまけるエルトンの姿が克明に収められています。
※https://www.youtube.com/watch?t=35&v=WYFtZRegs24
他にも、滞在するホテルの壁紙が気に入らなければ全て貼りかえさせたり、しこたま稼いでいたはずなのになぜか自己破産してしまうほどの散財ぶりだったりからは、スタンダールのモーツァルト論を思い出してしまいます。
そんな人物が、歌詞を受け取るやものの30分で誰も敵わないような美しいメロディを書き上げてしまうのですから、やはり神秘なのですね。それは「Your Song」やダイアナ妃の葬儀でも演奏された「Candle In The Wind」、映画『ライオン・キング』の主題歌などの有名な楽曲に限りません。
というわけで、熱心なファン以外にはほぼ黙殺されてしまっている90年代以降の隠れた名曲をいくつかご紹介したいと思います。
・Emily
まず92年発表のアルバム『The One』から「Emily」。おとぎ話のように死を描いたバーニー・トーピンの詞にマッチする、童謡の素朴さをたたえたAメロ。それがサビへ来ると一変。長調と短調に片足ずつ入れたハーモニーの中で、ブツ切れになったメロディが大声でさまよう。5分ほどの中で、生命の“あちら側”と“こちら側”が音楽と言葉でくっきりと色分けされた名曲です。
※https://www.youtube.com/watch?v=Q4e53h6Tjhw
・Recover Your Soul
続いて97年発表のアルバム『The Big Picture』から「Recover Your Soul」。こちらはあえてベタな言葉を使えば、“癒し”の名曲。
⇒【YouTube】Elton John – Recover Your Soul (Promo Video) http://youtu.be/Z_xkMf75-uQ
まずはトーピンの詞に触れなくてはいけません。
<涙の落ちるように沈みゆく くたびれた夕日を眺めては 戦いに敗れ 一人ぼっちの夜>
キンクスの「Lazy Old Sun」を盛り込む遊びも見せながら、“魂を回復させる”ための情景を分かりやすい言葉で表わす技はさすがの一言。そしてエルトンのメロディは、根っこに讃美歌のカタルシスを強く感じさせるもの。ゴスペルの高揚感とはまた違う。持ち上げる力よりも、沈みゆくものを受け止める柔らかさなのです。
・All That I’m Allowed (I’m Thankful)
そして04年発表のアルバム『Peachtree Road』からは「All That I’m Allowed (I’m Thankful)」。
※https://www.youtube.com/watch?v=sXw8x1XZIdc
これは少し風変りな曲。というのも、テンポはゆったりとしているのに、サビでのエルトンの歌がとにかく急いでいるのです。余韻を否定するように、息継ぎの間もなく新たなフレーズが畳みかけて来る。コードチェンジをものともせず、同じメロディの繰り返し。ここに、癇癪を起こしてFワードを連発したときのエルトンの語り口が浮かんできます。曲は穏やかでポジティブなことを歌っていても、その肉声には、どこかなだめられないうごめきがある。興味深い一曲です。
・Oceans Away
最後は一昨年リリースされた最新アルバム『The Diving Board』のリードトラック「Oceans Away」。
⇒【YouTube】Elton John – Oceans Away http://youtu.be/ZGah6YreDWY
実に品のよい曲です。人生の晩年を迎え、終わりを意識するようになった男が、自分より年老いた人たちの知恵にあずかろうという詞。曲は、ランディ・ニューマンの「Going Home」と「Losing You」をベースに、エルトン自身の「Skyline Pigeon」っぽいフレーズも聴かれる職人芸。
手持ちのカードは、もうそんなに残っていない。それでも飽き飽きしてしまったメロディやコードに頼りながらも、まだ書くべき曲、歌うべき言葉がある。その往生際の悪さが、実に品がよいのです。
<TEXT/音楽批評・石黒隆之>
女性警備員を「ヒトラー」呼ばわりして謝罪
すぐキレる奇人が、あの美しい曲を書く神秘
ほぼ黙殺されている90年代以降の名曲たち
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4