そんな中、今年の1月23日にエルトン・ジョンが声明を発表したのです。この法律が施行されてからロシアの同性愛者たちが実際に受けてきた暴力的な仕打ちや、科学的な根拠を伴わないにもかかわらず、同性愛と幼児への性的虐待が結び付けられていることを明らかにしています。
しかし、自分は同性愛者であるのに、ロシアに行けばいつも温かく迎え入れられる。ならば、同じように扱われてしかるべき人間がロシアにはたくさんいるので、喜んで紹介して差し上げましょう、プーチン大統領閣下。
こうして、この声明は締めくくられています。
事実を整理し、矛盾を解き解し、最後には返す刀の頓智で落とす。この淡々としたトーンは、長年差別と偏見に見舞われてきたエルトンならではの含蓄に富んでいます。しかしそれはずっと状況が改善されなかったことで培われてしまった弁舌だと言えないでしょうか。土を入れ替えて劇的に認識を変えるのではなく、荒れた部分をひたすらにならし続ける。『Same Love』の大ヒットと同性愛宣伝禁止法の制定に先立って、エルトン・ジョンが20年前の映画『フィラデルフィア』の主題歌をカバーしたことは、示唆に富む出来事であったように思われてなりません。
2013年2月、ブルース・スプリングスティーンのミュージケア・パーソン・オブ・ザ・イヤーの受賞を祝ってトリビュートコンサートが行われました。ニール・ヤング、スティング、パティ・スミス、ジャクソン・ブラウンといった錚々たるメンバーが参加する中、エルトンは『Streets of Philadelphia』を歌いました。ある日エイズを発症したことで法律事務所を解雇されるトム・ハンクス演じる弁護士が、裁判を通じてエイズと同性愛に対する差別や誤解と戦う映画のストーリー。そして“フィラデルフィア”という都市名の語源(=兄弟愛)を背負って、エルトン・ジョンはこの曲を必死になぞっています。
スプリングスティーンの歌唱よりも、少しだけタイムの先端をとらえて勇んでしまうのは仕方ありません。必要以上に音量が増し、幾分シャープに外れそうなボーカルを抑制させようとする力が働いていることが聴いて取れます。その熱量は行き先を変えて、鍵盤を叩く指先へと伝わっていく。(https://www.youtube.com/watch?v=kXKNni-LNjY)
(※間もなく『ブルース・スプリングスティーン・トリビュート』としてDVD、ブルーレイが発売に。日本発売は2014年4月23日予定)
「いまだにこの曲が意味を失っていないことが辛い」
多くの人にとって『Streets of Philadelphia』は、耳にタコができるほどに聞き飽きたヒット曲のひとつとしてカウントされるかもしれません。しかし、エルトン・ジョンにとっては、こうして歌ってしまうほどに、いまだに新鮮である。そして、それは紛れもなく不幸なことなのです。
ボブ・ディランのデビュー30周年記念コンサートで『Blowin’ in the wind』を歌ったスティービー・ワンダーは、「いまだにこの曲が意味を失っていないことが辛い」と語りました。そしてその晩、もっとも豊かな歌と、稲妻のようなハーモニカソロを聴かせてくれました。倦怠を伴った悲しみと引き換えに。(https://www.youtube.com/watch?v=WZnv6qLWPy4)
いまから20年後、『Same Love』はどのように聴かれ、歌われるのでしょうか。それとも「そんな曲あったっけ?」と言われるほどにはなっているでしょうか。マックルモアとライアン・ルイスも、きっとそうあってほしいと願っていることでしょう。
<TEXT/音楽批評・石黒隆之 PHOTO/Sbukley>