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ヒップホップ界のタブー「同性愛支持」を歌った、あの2人がやってくる

MACKLEMORE & RYAN LEWIS 「VS. Redux」(MP3アルバム)

 2012年に発表されたアルバム『The Heist』がインディーレーベルからのリリースにもかかわらず大ヒットを記録し、先ごろの第56回グラミー賞年間最優秀新人賞を受賞した白人男性二人組のヒップホップユニット、マックルモア&ライアン・ルイス。3月26日に行われるSHIBUYA-AXでの来日公演のチケットが即日完売したため、その前日25日に急きょ赤坂BLITZでの追加公演が組まれるほどの人気ぶりなのです。  そんな彼らの名を一躍世に広めたのが、アルバムからのサードシングル『Same Love』でした。  ゴスペルというよりも讃美歌を思わせる美しいピアノのフレーズをバックに歌われるのは、同性愛と同性愛者を蔑むことに対するストレートな否定です。しかし、ヒップホップで同性愛を支持するメッセージを発することは、長いことタブーでありました。そのうえ、彼らは白人のヒップホップアーティストなのです。“ロックンロールに続いて、またしても黒人の発明を奪ってしまった”との自己反省を抱きながら、それでも誤った価値観を正そうと努めることの葛藤はどれほどのものだったでしょうか。  この曲がチャートを駆け上がるのに呼応するように、昨年の6月にロシアで制定されたのが同性愛宣伝禁止法でした。欧米各国の首脳が揃ってプーチン大統領を批判し、ソチ五輪開会式への出席を見合わせる動きが相次いだのは、記憶に新しいところでしょう。確かに、欧米各国は統一された意思として反同性愛に対する反対を外交的には表明しました。  しかし、ライアン・ルイスの公式チャンネルで公開されている『Same Love』の動画に寄せられた同性愛を攻撃する心無いコメント、共感と反感がせめぎ合うクリック数を目の当りにすると、その見解が一枚岩であるとはとても言い難い状況が浮き彫りになります。

ロシアの同性愛差別に対するエルトン・ジョンの声明

エルトン・ジョン(右)と、パートナーで映画監督のデヴィッド・ファーニッシュ。代理母によって2人の男の子をもうけ、育児に夢中とか

 そんな中、今年の1月23日にエルトン・ジョンが声明を発表したのです。この法律が施行されてからロシアの同性愛者たちが実際に受けてきた暴力的な仕打ちや、科学的な根拠を伴わないにもかかわらず、同性愛と幼児への性的虐待が結び付けられていることを明らかにしています。  しかし、自分は同性愛者であるのに、ロシアに行けばいつも温かく迎え入れられる。ならば、同じように扱われてしかるべき人間がロシアにはたくさんいるので、喜んで紹介して差し上げましょう、プーチン大統領閣下。  こうして、この声明は締めくくられています。  事実を整理し、矛盾を解き解し、最後には返す刀の頓智で落とす。この淡々としたトーンは、長年差別と偏見に見舞われてきたエルトンならではの含蓄に富んでいます。しかしそれはずっと状況が改善されなかったことで培われてしまった弁舌だと言えないでしょうか。土を入れ替えて劇的に認識を変えるのではなく、荒れた部分をひたすらにならし続ける。『Same Love』の大ヒットと同性愛宣伝禁止法の制定に先立って、エルトン・ジョンが20年前の映画『フィラデルフィア』の主題歌をカバーしたことは、示唆に富む出来事であったように思われてなりません。  2013年2月、ブルース・スプリングスティーンのミュージケア・パーソン・オブ・ザ・イヤーの受賞を祝ってトリビュートコンサートが行われました。ニール・ヤング、スティング、パティ・スミス、ジャクソン・ブラウンといった錚々たるメンバーが参加する中、エルトンは『Streets of Philadelphia』を歌いました。ある日エイズを発症したことで法律事務所を解雇されるトム・ハンクス演じる弁護士が、裁判を通じてエイズと同性愛に対する差別や誤解と戦う映画のストーリー。そして“フィラデルフィア”という都市名の語源(=兄弟愛)を背負って、エルトン・ジョンはこの曲を必死になぞっています。  スプリングスティーンの歌唱よりも、少しだけタイムの先端をとらえて勇んでしまうのは仕方ありません。必要以上に音量が増し、幾分シャープに外れそうなボーカルを抑制させようとする力が働いていることが聴いて取れます。その熱量は行き先を変えて、鍵盤を叩く指先へと伝わっていく。(https://www.youtube.com/watch?v=kXKNni-LNjY) (※間もなく『ブルース・スプリングスティーン・トリビュート』としてDVD、ブルーレイが発売に。日本発売は2014年4月23日予定)

「いまだにこの曲が意味を失っていないことが辛い」

 多くの人にとって『Streets of Philadelphia』は、耳にタコができるほどに聞き飽きたヒット曲のひとつとしてカウントされるかもしれません。しかし、エルトン・ジョンにとっては、こうして歌ってしまうほどに、いまだに新鮮である。そして、それは紛れもなく不幸なことなのです。  ボブ・ディランのデビュー30周年記念コンサートで『Blowin’ in the wind』を歌ったスティービー・ワンダーは、「いまだにこの曲が意味を失っていないことが辛い」と語りました。そしてその晩、もっとも豊かな歌と、稲妻のようなハーモニカソロを聴かせてくれました。倦怠を伴った悲しみと引き換えに。(https://www.youtube.com/watch?v=WZnv6qLWPy4)  いまから20年後、『Same Love』はどのように聴かれ、歌われるのでしょうか。それとも「そんな曲あったっけ?」と言われるほどにはなっているでしょうか。マックルモアとライアン・ルイスも、きっとそうあってほしいと願っていることでしょう。 <TEXT/音楽批評・石黒隆之 PHOTO/Sbukley>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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