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末期がんで余命わずかなギタリストの、カッコよすぎる“終活”

 2010年の新語・流行語大賞にノミネートされて以来クローズアップされることの多くなった“終活”というワード。  墓の用意や財産分与といった事務的な身辺整理はもちろんのことですが、よりよい死を迎えるためにはどうすべきか熟考したい。やりたいこと、やっておくべきこと、その優先順位をはっきりさせて残された時間を有意義に使いたい。そのうえでおおらかに最期を迎えたい。  そう考えるのは日本に限らない傾向なのでしょうか。ここ最近そんな時代の空気を感じさせる作品が多く発表されているのです。

「余命わずか」がウソのような痛快なロック

『Going back home』日本盤は4月2日にリリースされたばかり

 昨年の1月に余命数か月のすい臓がんと診断されたイギリスのギタリスト、ウィルコ・ジョンソン。  延命治療の選択をせずに彼が決断したのは、ザ・フーのボーカリスト、ロジャー・ダルトリーとアルバムを制作することでした。その『Going back home』が発表されたのは、余命の通告から1年以上が経過した今年の3月。もしや死ぬのを忘れたのではないかというほどの痛快なロックンロールが繰り広げられています。 ●Wilko Johnson, Roger Daltrey – I Keep It To Myself ⇒【動画】http://youtu.be/GwLeTPVuD3c  さらに驚くべきは、3年前に声帯の腫瘍を摘出したロジャー・ダルトリーのボーカル。  一昨年の4月に亡くなったザ・バンドのリヴォン・ヘルムのカムバックに匹敵する、もしかしたらそれ以上の精気に満ちた歌を聴かせてくれています。もちろん親友であるウィルコのラストアルバムになるかもしれないとの思いも手伝っていることでしょう。それにしてもこのV字回復ぶりに驚かれたファンの方も多いことと思います。具体的に死を突き付けられたことが鞭打って二人の生命を盛んにしたのでしょうか。 ●Wilko Johnson Demonstrates His Guitar Technique 9.7.12 ⇒【動画】http://youtu.be/wMlhWvIh7U4 (曲は3分半あたりから始まります)  ウィルコ・ジョンソン66歳、ロジャー・ダルトリー70歳。末期がんのギタリストと、声帯に傷を負ったボーカリストは、このアルバムの印税を10代のがん患者に寄付することを表明しています。

御大レオン・ラッセルの豪華なアルバム

 これとほぼ時期を同じくして『Life journey』と名付けたアルバムを発表したのがレオン・ラッセル(72歳)。そのタイトルからやはりここらでいっぺん自分の音楽人生に区切りをつけておきたいという意思がうかがえます。レオンを師と仰ぐエルトン・ジョンが制作の総指揮を執り、バックアップ体制も万全。プロデューサーにポール・マッカートニーの『Kisses on the bottom』を手掛けたトミー・リピューマ。そしてロベン・フォードやラリー・ゴールディングスといった手練れのミュージシャンに、ジャズオーケストラも加わる。  レオンの泥臭い歌声にはいささか不似合なほどの豪華さですが、そこはエルトンの精一杯のおもてなしなのだと思います。70年代初頭、初の全米公演を控えていたエルトンはその会場にレオン・ラッセルがいると伝えられたときのことを、こう語っています。  「“おい小僧。ピアノはこうやって弾くもんだ”と言われるんじゃないかとびくびくしていた」。  ロンドンの王立音楽院で正式なピアノ教育を受けてきたエルトンでさえも縮み上がってしまうほどの存在だったのですね。もしかしたら『Life journey』は本人以上にエルトンがやっておきたいことだったのかもしれません。  アルバムには2つの新曲の他、『Georgia on my mind』や『That lucky old sun』といったスタンダードナンバー、さらには同じピアノマンであるビリー・ジョエルの『New York state of mind』も選曲されています。その中で最も意味深いチョイスは、サラ・ヴォーンなどの歌唱で知られる『I’m afraid the masquerade is over』でしょう。カーペンターズで有名なあの曲を思い出されるかもしれません。歌詞を読み比べ、曲を聴き比べてみるのも一興かと思います。

俺が死んだらハッパにして吸ってくれ

 では最後に終活を通り越して、遺言を曲にしてしまった人に締めくくっていただきましょう。アメリカのカントリーシンガー、ウィリー・ネルソンが2012年に発表したアルバム『Heroes』。その中の一曲『Roll me up and smoke me when I die』(俺が死んだらハッパにして吸ってくれ)はその曲名と、ゲスト参加したスヌープ・ドッグの存在からも明らかなように、正真正銘の“Think Green”讃歌。それをゴスペルソングに仕上げてしまうのですから、まことに爽やかなことこの上ない。  しかしそんな遺言を残した翌年に全曲女性シンガーとのデュエットによる『To all the girls…』などというアルバムを発表するのですから、まだまだ死なないでしょう。何はともあれ最高のクソじじいです。 ●Willie Nelson – Roll Me Up and Smoke Me When I Die ⇒【動画】http://youtu.be/kn-AB78kvvE  <TEXT/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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