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“心を病んだ彼女”に憧れて同棲…男性を待っていた「地獄の軟禁生活」

ぼくたちの離婚 Vol.15 夜と霧 #1】  都内のイベント企画会社に勤務する仲本守さん(仮名/48歳)が元妻の志津さん(仮名/43歳)と仕事を通じて出会ったのは、2003年の冬。仲本さん31歳、志津さん26歳の時だった。 「年は5つ下でしたが、音楽と映画の趣味が合いました。90年代の渋谷系音楽とか、ミニシアター映画とか。志津、結婚後は太っちゃいましたが、出会った頃はけっこう雰囲気のある美人だったんですよ」  見せられたスマホの画面には、青白い顔でいかにも不健康そうな、痩せ気味の女性が写っていた。全身ほぼ黒づくめ。保育園児が着るスモックのような黒服に、黒のチョーカー。黒靴、髪は漆黒のおかっぱ。タイツだけがどす黒い赤みを帯びている。 「志津は僕と出会う前から、心の病で通院していました
※写真はイメージです

※写真はイメージです(以下同)

就職活動で心を病んだ妻

 そう話す仲本さんの表情は小山田圭吾に似ている。聞けばフリッパーズ・ギターのファンだったそうだ。やや大仰なバケットハットと、そこから無造作にはみ出した髪の毛、猫のような目つきが、どことなく往年の小山田を彷彿とさせる。小山田よりはだいぶ太っているが。 「志津が高校生の頃に母親が家を出て行き、両親が別居状態になりました。原因は『仕事のストレスで心を病んだ父親が、母親に精神的DVをはたらき続けたから』だそうです。その後、父親の気分のアップダウンはすべて志津が引き受けることになりました。志津はひとりっ子。かなりつらかったと思いますが、僕に父親の悪口は絶対に言いませんでした」  志津さんは都内某有名大学の外国語学科に進学する。 「志津が精神を患いはじめたのは大学の在学中です。就職活動が思うように行かずストレスを溜め、過食と拒食を交互に繰り返しました。本人は通訳志望で色々と道を探っていましたが、スキルが足りなくて断念したそうです」 ※写真はイメージです 結局、語学力がまったく活かせない某企業の事務職に採用されるが、1年で退職。その後、都内の翻訳会社に入社する。そこは研究者向けに海外の学術論文や、法人向けに契約書や海外製品のマニュアルなどを翻訳する会社だった。 「志津にとっては屈辱にも近いものでした。彼女の大学はかなり偏差値の高い学校だったので、外国語学科の同級生は政府系機関に進んだり、国際的なNPOに参加したり、一流商社で海外とやり取りする部署に配属されたりと、そんな感じ。なのに私は……と、よく腐っていましたね」

特殊な人に選ばれた、特殊ですごい自分

 仲本さんの会社が関わるイベントで翻訳会社に外注する案件があり、その際に知り合ったのが志津さんだった。体の関係がないまま何度か平日デートを重ねた、ある日。 「平日の夜に待ち合わせて映画を一緒に観た帰り道のことです。有楽町駅前で、霧雨が降っていました。どこそこのシーンが良かったなどと話していたら、彼女が唐突に僕の話を遮り、沈痛な面持ちで言ったんです。私、精神科に通院してるの、と」  翌日、長文メールが届いた。そこには、志津さんが診断された病名(筆者注:本稿では伏せる)、主治医から寛解までは長期戦になると言われていること、今でも時おり希死念慮にとらわれること、なぜ自分はこうなってしまったのかの自己分析などが、びっしり綴られていた。それを読んだ仲本さんは、すぐさまこう思ったという。 「心を病んだ彼女、かっこいい!ぼくたちの離婚 Vol.15 #1 ……かっこいい? 「XXX(病名)という属性に萌えていたんです。普通じゃない、繊細、生きづらい。なのに、僕のことを愛してくれる。なんてかっこいい構図なんだと。選民的な気分でした。僕は特殊な人に選ばれた、特殊ですごい人間なんだと。高揚しました。不謹慎だし、愚かにもほどがありますが、当時は本気でそう思っていたんです。僕の人生、すごい! と心から興奮していました」  仲本さんはすぐさま行動を起こす。同棲の準備だ。 「志津を守ってやらなければならない。その使命感に燃えていました。『ひとりでいるより、ふたりでいるほうが心強いよ』。そう彼女に言うと、涙を浮かべて喜んでくれました。志津の父親も全面的に賛成。知り合いの不動産屋を紹介してくれて、3LDKのデザイナーズマンションを格安家賃で借りられました。父親から結婚については特に何も言われなかったです」
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何をしていても怒られる
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