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長澤まさみが荒れたシングルマザーに。転落する人生を演じ、善悪を超えた/映画『MOTHER マザー』

 長澤まさみは興福寺の阿修羅像のようである。
 阿修羅(あしゅら)とは戦闘神で鬼神ではあるが、その三面(幼い少年、思春期の少年、青年)の顔は、喜びや哀しみが混ざったような感情が刻まれ、見る人の想像力を喚起する。とりわけ興福寺の阿修羅像はその美しさで数多ある仏像のなかでも人気が高い。
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 続編製作も発表された「キングダム」で長澤がのびやかな手足をむき出して演じた、山界の王・楊端和役の戦う表情に私は阿修羅を思ったのだが、主演映画「MOTHER マザー」(大森立嗣監督、全国で上映中)のシングルマザー秋子の表情は長澤まさみのなかの阿修羅がさらに醸造されたようであった。それは簡単に言ってしまうと、善悪を越えたものである。

実話を元にした、子供に罪を侵させてしまう母親

「MOTHER マザー」は実際に起きた殺人事件を元にした映画で、シングルマザーが荒んだ生活のすえ、借金に苛まれ、ついには息子が殺人を犯すまで追い込まれてしまう。息子が殺人……とそこまでネタバレしていいのかと心配になるが公式サイトにも書いてある。この映画はそこに至るまでの過程とその後の母子の姿に深い深い味わいがある。 長澤まさみ主演映画「MOTHER マザー」 場当たり的に生きて稼ぎが少なく子供に十分な生活も教育も受けさせることができず、それどころか子供に罪を犯させてしまう母親。にもかかわらず息子・周平(奥平大兼)は彼女から離れない。母と子は強い共依存関係に結ばれていた。  秋子はよくいえば自由奔放、悪く言えば自堕落で、男の趣味もよろしくない。手近なところで手を打つ刹那主義によってどんどん悪い方に転がっていく。秋子を取り巻くダメな男たちを演じるのは阿部サダヲ、皆川猿時、仲野太賀たち。  息子を演じる奥平大兼は賢そうな美少年で、秋子はどうしてこの子を苦しめるの〜と、もやもや。何回か子供も当人も救われそうなチャンスがあるのに、母子はホラー映画のごとく、そっちに行っちゃいけないほうに行っちゃうのである。ホラーと違うのは、実話を元にしているのだから、つくりもののホラー以上に始末が悪い。現実ってまったくおそろしいなあと思う。

ホラー映画の幽霊と被害者と両方の立場をやっている

映画『MOTHER マザー』より

映画『MOTHER マザー』より

 映画の冒頭、秋子が坂を自転車で勢いよく下っていく場面は、まさに彼女の堕ちていく人生を描いているように見える。それでも、長澤まさみがむきだしの長い足で自転車を走らせる姿は、「カラダにピース」と言っていた清涼飲料水のCMのような清々(すがすが)しさすらあって目を奪われる。  次々現れる男たちもそんな感じで秋子に惹かれてしまうのだろう。これまたホラー映画のごとく、この女に近づいたらやばいと思うのに、男たちは長澤まさみ(演じる秋子)の演技に取り込まれていくのである。めっちゃ強気でいたのに急にめそめそしたりするのである。  そうすると男たちはたちまち変わる。俺が救ってやると思ってしまうんだろうか。長澤まさみ、ホラー映画の幽霊と被害者と両方の立場をこの映画でやっている。
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舞台では超エキセントリックな女性を演じることも
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