眠っている女の子が一番好きだ。その次に好きなのはセックスをしているときの女の子だ|夜のこと
「小説を書きたい」とつぶやくあの子に近づきたくて僕はいま“夜のこと”を書いている――。
作家のpha(ファ)が自らの恋愛遍歴をベースに小説を書き始めたのは、“あの子”と文章を見せ合うためだった。
手をつないだだけで気持ちいい女性、部屋のいたるところにカッターナイフが置いてある女性、上下に揺れながら彼氏ができたことを報告してくる女性。これまでに出会った女性たちとの思い出を下敷きに小説を書いては送る。
“あの子”には早々に告白して振られてしまったが、それでも関係性を保とうと書き続けた。ここにその掌編小説の一部を公開する。
※当連載は、同人誌即売会・文学フリマ東京で発表され話題を呼んだ『夜のこと』(全二巻)に掲載された文章を大幅に加筆修正したもので、一冊にまとめた単行本版『夜のこと』は11月15日発売。

服を着て窓を開け放つ 眠る君は冷凍された手羽先に似て
窓を開けると外の空気が入ってきて、裸のまま眠っているユミが少し、体をびくっとさせた。やばい、起こしてしまったか。
しばらく静かに様子を見たのだけど、起き出す気配はなさそうだった。よかった。もうしばらく眠っていてほしい。僕は音を立てないように自分の机に向かって、ノートパソコンを開いた。ユミが眠っている時間だけが、僕にとっての自由時間だ。今のうちに文章を書いたり、いろいろなことを考えたりしないといけない。
女の子と二人で遊ぶのは楽しいのだけど、長時間一緒にいると息苦しくなってくる。一人になって、寝転がって誰の目も気にせずにネットをだらだら見たい、とか思ってしまう。そんなだから誰かとつきあってもいつも長続きしない。
ユミが眠っている今は無理してしゃべらなくてもいい。一緒に買い物をしたり、美味しいごはんを食べたりしなくてもいい。一人で好きなことを考えられる。好きなことを書ける。
書くことが自分にとって一番重要なことなのかもしれない。
いつも女性とつきあい始めると、思考を誰にも邪魔されない時間が少なくなるせいか、文章がだんだん書けなくなってくる。そして、何も書けないこんな状態だったら生きてる意味がない、とまで思うようになる。実際に、別れるとまた書けるようになる。いくら文章を書いても、文章とはセックスもできないし、一緒に眠ったりもできないのにな。
もう一度ユミのほうを見ると、静かに寝息を立てている。綺麗な顔をしているな、と思う。
眠っている女の子が一番好きだ。その次に好きなのは、セックスをしているときの女の子だ。どちらも、言葉を使わなくてもいいのがいい。
僕は会話が苦手だ。しゃべるとエネルギーを消耗する。セックスは言葉を使わなくてもいいから好きだ。肌を触れ合わせることによる非言語的なコミュニケーション、そういうのは得意だ。指と指をからませたり、舌と舌で何かをしたりする、そういうやりとりは疲れない。
ずっとこの世界が夜で、世界中が布団の中だったら、僕はうまく生きていけるのに、と思う。
ただ肌に触れて触れられて、手を動かして相手を気持ちよくして、体を動かして自分も気持ちよくなっていればそれだけで許される、布団の中の世界にずっといたい。
だけど、夜はいつも終わってしまう。そして、髪を整えて服を着飾って、言葉で意見を主張したり、他人の意見を理解したりしなくてはいけない昼の世界が来てしまう。電車に乗ったり買い物をしたり、ちょっとお洒落なエスニックを食べに行ったりしないといけない。そういうことは別にしたくないのに。
そんなことを考えていると、ユミが、んんー、と声を出したあと、寝返りを打った。もうすぐしたら起きてきそうだ。
彼女は目を覚ましたら、愛おしそうな目でこちらを見て、僕の名前を呼ぶだろう。そうしたら僕はやさしい顔を作って、「おはよ」とか言うのだ。「何してたの」って聞かれたら「ツイッターをだらだら見てた」と答えるのだ。
「面白かった?」
「みんなどうでもいいことをいつも通りにゃーにゃー言ってたよ」
そして一緒にカフェに甘いものを食べに行ったり、次の旅行はどこに行こうか、などと話したりするのだ。それが昼の世界でやるべきことだからだ。
この関係はいつまで続けられるだろうか。わからないけど、できるところまでやるしかない。ずっと夜の世界の中だけで生きていくことはできないのだから、がんばるしかない。
昼のことは夜のこととは違うからけやき通りで派手に転んだ
<文/pha(ファ)>
