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夫と死別した私は「お気の毒」なの?夫を亡くして気づいたこと

 筆跡アナリストで心理カウンセラーの関由佳です。夫をがんで亡くしてから早1年半。コロナ禍という未曽有の事態もあり、あっという間に時間が過ぎていきました。 【夫のがんが発覚した日】⇒脳梗塞で倒れた夫にがんまで発覚。病室で“夫の切ない一言”に号泣
夫と死別した私は「気の毒」なの? 亡くして気づいた「今」を大切にする生き方

写真はイメージです。(以下同じ)

 その間に仕事でもプライベートでも、初めて出会う人がたくさんいましたが、聞かれない限り夫の話は積極的にしていませんでした。  しかしつい最近、知り合ってから1年くらいになる知人に、話の流れで夫のことを話す機会がありました。すると彼女は絶句し、とても悲痛な面持ちで「それはお気の毒でしたね……」と言ったのです。  このように死別の話をすると、「気の毒」という言葉を使われがちです。そもそも、死別は「気の毒」なことなのでしょうか。

「気の毒」という言葉に違和感

 もちろん、元気そうにしている相手が実は最近配偶者を亡くしていた、と聞いたら「それはお気の毒に」と慰めるのは、優しさや気配りの言葉として理解できます。言われたことに対して、怒りや反発を覚えているわけではありません。 「気の毒」という言葉に違和感 ただ、あくまで私自身の話ではありますが、慰めの言葉とわかっていても、「気の毒」と悲しそうにされると、自分がとっくに乗り越えてきた哀しみの感情をもう一度さらわれているようで、毎回違和感があります。そして「え、私って気の毒なの?」と疑問が湧いてきます。

事実は悲しいことでも、学ぶ機会になっている

 そもそも、私は夫を亡くした自分のことを「気の毒」と思ったことがありません。たしかに、大切な人と早くお別れしたことは悲しく、できるなら絶対的に避けたかった事柄ですが、自分を「不幸」だとか「気の毒」だとは思いませんでした。むしろ、この試練にはきっと意味がある、と考えて立ち向かってきたので、どちらかというとたくさんのことを学ぶ機会をいただけた、と思っています。  「経験」はいいことばかりでなく、つらいこともあります。でも、次に活かせば無駄になることはありません。また現在同じ経験をしている人の道しるべにもなれます。大切な人と死別した人は、決して「気の毒な人」ではないと思うのです。
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死別から学んだこと
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