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宇垣美里「思い出をぎゅっと抱きしめて生きていくのも、そう悪くない」/映画『ちょっと思い出しただけ』

 元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
宇垣美里さん

撮影/中村和孝

 そんな宇垣さんが映画『ちょっと思い出しただけ』についての思いを綴ります。 映画『ちょっと思い出しただけ』●作品あらすじ:照明スタッフの照生(池松壮亮)と、タクシードライバーの葉(伊藤沙莉)。 物語はふたりが別れてしまった後から始まり、時が巻き戻されていきます。  クリープハイプの尾崎世界観が自身のオールタイムベストに挙げるジム・ジャームッシュの名作映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』に着想を得て書き上げた、本作の主題歌『ナイトオンザプラネット』。 『バイプレイヤーズ』シリーズ、『くれなずめ』などの松居大悟監督がこの楽曲を受けて、完全オリジナルラブストーリーを描き、第34回東京国際映画祭で観客賞/スペシャル・メンションW受賞した作品を宇垣さんはどのように見たのでしょうか。(以下、宇垣美里さんの寄稿です)

戻れない、戻るつもりもない、何げない刹那な記憶を思い出しただけなのに

『ちょっと思い出しただけ』より

『ちょっと思い出しただけ』より

 真っ赤な紅葉を見るとふと心に浮かぶ人がいる。熱々のおでんを食べると鮮やかに蘇(よみがえ)る光景がある。もう戻れない、戻るつもりもない何げない記憶に思いを馳せるその瞬間の揺らぎは、甘くて苦くて美しくて憎くて愛おしくてやるせなくて。ちょっと思い出しただけのはずなのに、刹那なはずのその瞬間は自分の想定していた以上に混沌(こんとん)としていて、心の中に残って離れない。  怪我でダンサーの道を諦め、現在はステージ照明の仕事をしている照生とタクシードライバーの葉の出会いから別れの6年間を、照生の誕生日である7月26日ごとに1年ずつ遡(さかのぼ)って描写していく本作。冒頭の’21年のコロナ禍のふたりの様子から振り返ってみるかつての東京での生活は懐かしくて眩(まぶ)しくて、あったはずの、しかしいまだ戻れない日常への恋しさで胸がいっぱいになった。
『ちょっと思い出しただけ』より

『ちょっと思い出しただけ』より

 水族館でのデートや夜中のドライブにはしゃぐ、ありふれたカップルのやりとりが微笑ましくて甘酸っぱくて、思わずこの瞬間が永遠に続けばいいのにと祈ってしまった。そんなこと、あるわけないのに。脇を固める豪華な俳優陣も癖が強いながらもなんだかどこかで会ったことがありそうな気さえする身近さで憎めない。

思い出をぎゅっと抱きしめて生きていくのも、そう悪くない

 ラストに流れる主題歌のクリープハイプ「ナイトオンザプラネット」にのせて、かつての幸せだった、辛かった、いくつもの気持ちや思い出が走馬灯のように蘇る。『ちょっと思い出しただけ』のなんてことない一コマに、もはや未練もなく痛みもない。それでもふと「元気かな」と思える人がいて、「ああ幸せだったな」と振り返れる過去がある。今、一緒にいる人とのこの瞬間すら、ずっとずっと先にはちょっと思い出しただけの過去になるのかもしれない。  けれど、習慣になった朝の体操や、癖になったお地蔵さんへの挨拶のようにそれらが全部全部繫がって今の自分があるのなら。その残り香に時に酔いしれ、思い出をぎゅっと抱きしめて生きていくのも、そう悪くない気がした。今日はケーキを買って帰ろう。 ちょっと思い出しただけ』 監督・脚本:松居大悟 主演/池松壮亮 伊藤沙莉 制作・配給:東京テアトル ©2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会 【他の記事を読む】⇒シリーズ「宇垣美里の沼落ちシネマ」の一覧はこちらへどうぞ <文/宇垣美里> ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
宇垣美里
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。
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