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8年の不妊治療を経て“子なし”を選択した女性の胸の内「夫の言葉に救われた」

“産まない産めない女性の幸せな人生計画”を応援するポッドキャストとサイト「FLOW」を運営し、子どものいない女性や夫婦の情報を発信するボレンズ真由美さん(41歳)。  ご自身も3カ国8年間の不妊治療を体験され、38歳で実子出産の夢に幕を閉じました。当時について「思い描いていた家族像がどんどん遠ざかっていく虚しさに心が擦り切れた」と語る真由美さんは、どのようにして気持ちを切り替えて行ったのかお話を聞きました。

8年間の不妊治療体験「ミラクルは来なかった」

――真由美さんは3カ国で8年間妊活を続けたあと、ご夫婦ふたりで歩む道を選ばれました。妊活中はどのように過ごされましたか?
3カ国8年間の不妊治療体験「ミラクルは来なかった」

ボレンズ真由美さん

ボレンズ真由美さん(以下、ボレンズ)「私は24歳で結婚して、そのままカナダ人の夫と中国に移住しました。当初はまだ恋人気分だったので、しばらく避妊を続けてふたりの暮らしを楽しんでいましたが、29歳になって子どもを迎える環境も整ったし、まわりで赤ちゃんを授かる方も増えてきたので、初めて産婦人科に身体のチェックに行きました。そのころには避妊薬もやめていましたし、自分もパートナーも身体に異常はなく、タイミングをとればすぐに妊娠すると思っていましたが、一年しても妊娠に至らず……。  そこで、30歳になったとき、香港で人工授精(IUI)に挑戦しました。パートナーの精子を採取して状態のいい精子を選び、子宮に戻すという方法を取りましたが、それでも授からなくて。自分たちは身体的には若いと思っていましたが、結果がでず、「じゃあ次は体外受精をやってみようか」というときに中国からシンガポールへ移住が決まりました。  移住のバタバタで一年ほど妊活をお休みした後、シンガポールで体外受精(IVF)を試みましたが、これも成就しませんでした。次にシンガポールから日本に通院して顕微授精(ICSI)に挑みました。顕微授精は、卵子に精子を直接注射して受精させる、とても高度な技術を用います。この受精卵を子宮に移植し、着床させるのですが、私たちの場合はそれでも希望が叶いませんでした。  できる限りの高度な技術も使って、最後までやりきった――。そう思ったとき、私は38歳になっていました。やれるところまでやったし、着床に関しては技術云々ではないので、「そこはもう、ミラクルです」と言われたとき、「ああ、私には今世はミラクルは来なかったんだ」と納得しようとしましたが、もちろんそれは容易ではありませんでした。  思い描いていた家族像がどんどん遠ざかっていく虚しさに心が擦り切れ、まるで自分の夢を誰かに奪われたような気にもなりました。ここからどうにか気持ちを立て直すまで、2年くらいかかりましたね」
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どのように気持ちを切り替えていったのか
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