「一緒に死のう」…ストーカーのような母に苦しんで 【こじらせ母娘】
今、「母が重い」「母との関係がしんどい」と告白する女性が増え、関連する本も多く出版されています。今回は筆者の体験をご紹介します。
私は思春期のころから、親との距離感がわかりませんでした。
特に母親。
家には、両親、兄、私の4人で住んでいましたが、父と母は折り合いが悪く物心ついたときからずっと家庭内別居状態で、口ゲンカばかり。
ケンカがひと段落すると、母は決まって兄と私にこう言いました。
「あんたたちがいるから別れないの。あんたたちが大人になったら離婚するから」
母はよく父への愚痴を私にこぼしていました。「夜、暴力を振るわれた」「別の女の所に行っている」「お金をくれない」……。
当時は母を信じていましたが、今は「これらは嘘だったのでは……?」と思っています。DVを受けた証拠など見たこともなければ、父は口下手で緊張しい。モテるタイプの人間ではありませんでした。
大学に入ると勉強そっちのけでバイトをし、必死でお金を貯めました。1人暮らしをすると母に伝えると「私を置いていくのか、自分だけずるいじゃないか」と泣きながら怒鳴り散らされ、私は家出同然で実家を離れました。
新しい生活がスタートしても、母は精神的に私を追い詰めてきました。
こんなメールが来たことがあります。
「死にたいけど1人じゃ怖くて死ねないから、一緒に死んでほしい」
私は母の何なのでしょうか。
たまに手紙が届くこともありました。内容は忘れてしまいましたが、とにかくヨロヨロの字だったことだけは覚えています。
普通の娘なら、こんな母親のことを心配するのでしょう。でも私には、その字が“わざとらしい”としか思えませんでした。母に優しくしてあげるほどの心の余裕が、そのときの私にはまったくなかったのです。
もし母が死んでも、一生こんな想いに苛まれるのか。
そう思うと、生まれたことを悔やみ、このときには「死にたい」が口癖になっていました。
とある事情のため、今は実家で両親と3人で暮らしています。母は私が家にいないときに、どうやら私の部屋に入っていろいろ覗いているようです。私宛ての郵便物も、勝手に開けられていることがよくあります。
“ストーカー”のような母から逃れるために、私は今、カウンセリングで母との問題を見つめ直しています。
近々もう一度家を出るつもりです。
<TEXT/木村メリッサ>