美は努力。女装夫は妻よりメイクがうまい【ダーリンは女装家 vol.2】
私の旦那さんは女装家です。
ある日、旦那さんが、「このファンデーション、私には色が薄いから美樹ちゃんにあげる」と言いました。旦那さんはメイクにはけっこううるさいです。メイクショップのカウンターでお勉強した経験もありなの。
「ふーん、ありがと。ラッキー」
かたや私、メイク時間はちゃちゃっと5分。
ふたりでお出かけの時は、「髭そっちゃうと、メイクするまで時間かかるー」とか。「この間美樹ちゃんに買ってあげた服、私が着ちゃっていい?」とか。男女逆転じゃん? 大奥かよ? ってな感じ。
ある意味、旦那さんは男女逆転してるしね。ひとり男女逆転。あはは。ものの5分で支度が終わってしまった私は暇、暇、暇。夕食の下拵えでもしとくかね、と腰をあげてしまう。すると。
「えー、美樹ちゃん、その顔で行くの?」
その顔ってアンタ。いや、もっとメイクしなさいって意味なのはわかるけどね。
「うん。私ってメイク云々より素肌を大事にするタイプだから(メイク映えしない顔なんだよ。悪かったよ)」
「なによ、それー。しかたないじゃない、男は厚塗りしなきゃいろいろ隠せないんだから。髭脱毛だってエステだって、まだまだ敷居が高いんだよ。大変なんだよ」
はいはい、すいません。今夜はカレーにしようかな、と。野菜を切り始める私。
「女だからって努力しない女は女の風上にも置けないよ」
よくわからない理屈をこねて、私の風上に立つ旦那さん。肉を炒める私の隣で、よせて上げた胸がぶんぶん揺れています。
努力の賜物だな。巧みなファンデーション使いで髭剃りあともまったくわかりません。
「じゃあ、ちょっと化粧するかな」
「そうよ。ほら、続きやっておくから」
と、ガスコンロの前で笑う旦那さん。
火、使うと、メイク崩れちゃうよ。きれいなお洋服に油がはねちゃうよ。
でも私の女の部分を心配してくれてるんだよね。
旦那さんのメイク道具を拝借して、ちょちょっと手を加えてみました。チークにアイシャドー、ビューラーにマスカラ。
「ねぇ、どう?」
「え? なにそれ。全然似合わねー」
ていうか、いきなり男にならないでくれる?
そんなわけで、お出かけ前にもひと悶着あったりします。
同じブラ、同じショーツ、私は女一色(一応)だけど、旦那さんは男女逆転というよりは男女一体。時に一致、時にズレたりしておもしろいのです。
ブラは貸し借りしてもいいけれど、ショーツの貸し借りっていうのには抵抗があるでしょ?
それを旦那さんに言ったら、
「じゃあ、私のショーツにマジックで赤い印をつけておくね」
と、ちまちまと印を付け出したのです。
ひゃー、なんか可愛いなぁ、と思ってしまいました。母性本能とも違います。
これって父性本能? あらら、旦那さんのおかげで私の中に隠れていた男の部分が生まれちゃったの?
女一色じゃないじゃん私。
いろんな部分があるじゃん私。
旦那さんのおかげで、いろんな心を知ることができるよ。
ふたりで電車に乗っていて、旦那さんの方が痴漢に遭ったこともあったね。
この話はまだ別の機会に。
<TEXT/森美樹 イラスト/尾山奈央>
【森美樹】
1970年生まれ。少女小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)を上梓
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