Beauty

まだあった!お祖母ちゃんも使ってた美と健康の超ロングセラー商品4選

 今年は終戦から70年ってことで、昔のフィルムがテレビでも色々流れましたよね。当時の女性と私たちはずいぶん違うように見えるけど、意外と変わってないものもあるんです。今もある日本最古の女性誌『婦人画報』は110年前に創刊、ナイロン製ストッキングは75年前に誕生…。

 そこで、今でも売ってる、女性のための超ロングセラーグッズを調べてみました。

新聞紙面

命の母A 明治36年(1903年)



⇒【写真】はコチラ http://joshi-spa.jp/?attachment_id=360808

命の母A

更年期障害用の「命の母A」(写真)のほか、現在は生理の不調に「命の母ホワイト」もある

 CMでもおなじみ、『命の母A』(小林製薬)は各種の生薬にビタミン類、カルシウムを配合した女性保健薬。その誕生は、なんと日露戦争が始まる前年!

 現在は糖衣錠タイプですが、昔は薬をお湯で煮出して飲む煎じ薬だったそうです。あの女流歌人・与謝野晶子も「人多く いのち之母と呼ぶ薬 この世にあるがめでたかりけり」という歌を残しています。

●命の母A ⇒http://www.kobayashi.co.jp/brand/inochinohaha/

つやの玉 明治40年頃



つやの玉

畑中和義商店の「つやの玉」

 こんにゃくの天然繊維であるグルコマンナンでできた洗顔・肌洗いスポンジは、日本古来の美容アイテム。最近では外国人観光客のお土産にも大人気で、さまざまなメーカーから出ています。

 そのなかでも、「つやの玉」は、「凍りこんにゃく」を作り続けて130年の畑中義和商店が製造。肌洗い・洗顔用こんにゃくスポンジの製法が確立されたのは明治40年頃で、今でも、12月~2の真冬に変わらぬ手作業で作られているそうです。

●つやの玉 ⇒http://hatanaka-shouten.com/senganhadaarai/senganhadaarai.htm

マダムジュジュ 昭和25年(1950年)



 NHKがテレビの実験放送をスタートさせた年、「25歳からの奥様のためのクリーム」として発売されたのが栄養クリーム『マダムジュジュ』(ジュジュ化粧品)。「お母さんやお祖母ちゃんの鏡台にあった!」という人も少なくないのではないでしょうか?

マダムジュジュ

美容成分「卵黄リポイド」の抽出に成功したのが昭和25年!

「25歳からの奥様」というフレーズに時代を感じますが、最初の肌の曲がり角が25歳なのは今も昔も同じ。驚くのは、「25才以下はお使いになってはいけません」といったキャッチフレーズで、当時すでに年齢に応じた化粧品選びを打ち出していたことです。

 さらに、昭和38年頃には、寝る前に厚めにたっぷり塗る『マダムパック』を提案。この「マダムパック」は平成の今、「これだけ塗り」という使用法にアレンジされて伝えられています。

これだけ塗り

「これだけ塗り」は顔が白くなるほどだっぷり塗って5~10分放置

 「これだけ塗り」は、顔が白くなるまでたっぷり塗り込み、5~10分後、べたつきが気になる部分だけをティッシュオフするだけの簡単ケアです。いわば、「マダムジュジュ」をオールインワン化粧品として使うという考え方。

 美容成分・卵黄由来の「リポイド」の肌なじみのよさ&皮膚に塗ると薄い膜になって消えるバニッシュクリームだからできるお手入れ方法です。

●マダムジュジュ⇒http://www.juju.co.jp/lp/madamejuju/

カーラー 昭和25年(1950年)



カーラー

左の「シームレスカーラー」は楽天市場等に写真はあるものの売ってない様子

「パーマをかけると傷むし、ドライヤーでのセットはめんどう」と、ゆるふわヘアのスタイリングにカーラーを使う女子が増えているとか。今ではバリエーションも豊富になっているけれど、その元祖が「シームレスカーラー」です。

 昭和25年(1950年)に大阪のラッキー製作所(現ラッキートレンディ)が発売。カーラーが外れないようにと、髪にネットをかけた姿は、昭和のお母さんの象徴にもなっていますよね。現在は写真右のような「ピチットローラー」に進化しているようです。

●ラッキートレンディ⇒http://www.lucky-co.co.jp/

 時代とともに進化しながら、何十年も愛されるアイテムの数々。いつの時代でもどんな時代でも変わらないのは、女性の「キレイでありたい」という思いなのかもしれません。

<取材・文/女子SPA!編集部>




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