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女性たちを縛る“母性”に疑問 <「大阪二児置き去り死事件」から生まれた物語>

「大阪二児置き去り死事件」を覚えているでしょうか? 2010年夏、大阪市内のマンションの一室で発見された、3歳の女の子と1歳9か月の男の子の死体。締め切られた部屋に、暑さのためか裸になり、ふたりは折り重なるように亡くなっていました。

 その惨たらしさと合わせて、子供たちの母親がシングルマザーで風俗店で働いていたこと、50日間にわたり子供たちを放置して遊び回っていたことなどから報道は加熱。ネットには、母親を罵倒する言葉と同時に、「自分のお腹を痛めて産んだ子供にこんなことをするなんて信じられない」といった言葉が並びました。

「母親なのに」と人は言います。

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映画『子宮に沈める』 11月9日より新宿K's cinemaほか、全国順次公開 脚本・監督/緒方貴臣 出演/伊澤恵美子 土屋希乃 土屋瑛輝ほか

 でも果たして、女ならば誰しも「母性」を持っているものなのでしょうか? それを実感できない女は何か欠落した人間なのでしょうか? 「母性」は孤独も貧困も凌駕できる絶対的な強さなのでしょうか?

 11月9日公開となる映画『子宮に沈める』は、この事件をもとにしたフィクションです。スクリーンが映し出すのは、あるマンションの一室だけ。母と子ども2人の穏やかな生活が変容していく様が静かに描かれていきます。

 脚本、演出をつとめた緒方貴臣監督と、夜の世界で働く女性の自立をサポートする活動を行う一般社団法人GrowAsPeople代表・角間惇一郎氏が、事件のこと/母性という呪縛/社会を変えるということについて語り合いました。

角間:緒方監督は事件の第一報を聞いたときは、どんな感想を抱きましたか?

緒方:最初に事件の報道を聞いたときは、ただただショックが大きかったですね。子供が家で閉じ込められて亡くなるというのが、僕の想像の範疇を超えていたんです。ドアをガムテープで止めていたとか、報じられるディテールひとつひとつが僕にとって「ありえない」ことだった。閉じ込められていた50日間、子供たちはどうしていたのだろうと思うと、最初はとにかくツラくて。でも、テレビの報道に加えて、次第にインターネット上でも話題になっていって、「母親を死刑にしろ」といった声がすごく大きくなっていった。みんなが、同じようなことを言っているのを疑問に思いだしたんです。

角間:確かに、2ちゃんねるやツイッターでは、「あの母親は最悪」「母親失格」みたいな発言ばかりが飛び交っていました。そうした、母親へのバッシングも含めて、この事件が大きな話題になった理由って、「母親が風俗嬢」だったという部分が絶対に強いんですよ。

緒方:風俗とホスト通いですよね。

角間:個人の話になって恐縮なんですが、実は僕、ある意味、この事件をきっかけに今のGrowAsPeople(GAP)の活動を始めた、という面もあるんです。事件が発覚した2010年7月30日の3日前、生まれて初めて風俗店経営者から夜の世界の実態を聞いていたんです。僕は当時すでにNPOの活動をしていましたが、教育とか環境といった問題とは違う、仕組みがどうこうというレベルでは考えられないような何かが夜の世界にはあるということを聞かされ、そのことについてずっと考えていた。そのタイミングでこの事件が発覚した。

緒方:そうだったんですね。

角間:ちょうど子供が生まれたばかりでしたし、もちろん事件に対して衝撃も受けました。でも、そんな前提があったので、かわいそうだというよりは、どこか冷静で「知りたい」という欲求が強かったんですよね。何でこうなってしまったんだろう? 何がこうさせているんだろう?って。そして、この先、この事件はどういう方向でとらえられて、何か変わっていくのかな?と思っていたら、3か月間何も変わらない。2ちゃんねるが盛り上がるばかり。そこで、今の活動を始めたんです。だからこそ、今年に入って、映画『子宮に沈める』について知り、この事件をトリガーに何かを始める人が他にもいたんだ!って驚いたんです。それでツイッター経由で緒方さんに連絡をとった次第です。

緒方貴臣監督

「“母性”というキーワードが浮かび上がってきたとき、この映画を撮ろうと思った」(緒方監督)

緒方:僕が「映画にできないかな」って思うようになったのは、事件発覚から2か月後くらいでした。そこで、いろいろ調べ始めたんですが、そのときは、まだ、「絶対に撮る!」とまで気持ちは固まっていなかった。でも、この事件の背景に何があったのか?ということを調べていくと、「母性」というキーワードが出てきたんです。

「母性」って、当たり前のように使いますよね。妊娠したら母性が芽生えて、子供が愛おしくなるとか。一方で、「母性神話が崩壊した」なんて言い方をしたりもする。でも、母性なんて、社会が作り出したものなんじゃないかって。

母性というものがあるからこそ、それを神格化するからこそ、それを自己に感じられずに苦しんでいる人はたくさんいる。それを知ったときに、描きたいなって思ったんです。事件の悲惨さを伝えるだけではなく、その違和感を問題提起できればって。

角間:母性は絶対的であり、唯一無二と思われているところはありますよね。確かに、母性は清いものだけれど、それが成り立つためにはその環境が必要だということがどうも忘れられている。母性が育つための“鉢”は必要だし、父性だってもちろんそう。

緒方:母性は男性にもあると思うし、また、感じられないという女性もいると思う。それは子供がいるいないも関係なくて。「こうあるべき」というのを作ってしまうのもよくないと思うんですけどね。

角間:タイトルの『子宮に沈める』もその意味が込められているんですよね。

緒方:そうですね。スタートが、社会が「母性」というものをつくりあげ、母親たちをそこに押しこんでいるのではないか?というところですから、お母さんが子供を沈めたのではなくて、社会が母を沈め、そして子供が亡くなった……という意味を込めたんです。

 もともと、子宮というキーワードを入れると不快感を持つ方がいるのは承知していて、それも狙ったところはあるんですが、やはり、子宮=母親が子供を沈めた、女性だから子供を死なせてしまった事件なのか!?といった批判は頂戴しました。もちろん、観ていただければわかるのですが、そういう作品ではないんですけどね。

角間:母親であると同時に女性である、というのは本当によく言われますよね。でも、夜の世界の女の子たちと日々接している僕の立場から言えば、風俗嬢であると同時に女性なんです。でも、社会はそこを切り離したいんですよ、「風俗だから」と。

思うんですが、人が人である以上、エラーはあるものなんです。どんなにできたいい人であっても、例えば、うっかりゴミを落としてそのままにしてしまったりっていうこともあるじゃないですか。でも、人は他者に対してはなぜか、完璧を求める。その中で特に、「母性」というものに対する神格化というのは、多くの人が持っているものです。母性は尊く何も裏切らない、子供を見捨てるなんてありえない。母性のない女なんてクソで、こんな事件を起こす奴ってのは……ほら見たことか、やっぱ風俗に関わってる奴だ!みたいな。

角間惇一郎氏

「母親であると同時に風俗嬢である。同じように風俗嬢だって、風俗嬢である前に女性なんです」(角間氏)

緒方:それはありますよね。こうした事件があったとき、同じ母親の立場、あるいはかつて子育てをしていた人から、「もっと苦しい人がいる」「もっと頑張っている人がいる」といった話が出てくる。人の痛みとか、苦労って人によって感じ方の尺度は違うはずなんです。苦しさの受容体の大きさというか、感じるポイントも人によって違う。僕がキツいと思っていることでも、角間さんが同じ状況に陥ったとき平気かもしれない。風邪だってそうじゃないですか。僕は立っていられないほどキツくても、角間さんは「熱くらい平気」となるかもしれない。安易にそう言ってしまうのは、嫌だなという思いがあって。映画を撮る際も、なるべく自分、あるいは身近な話としてとらえてほしいという思いはずっとありました。テレビやモニターの向こうで起きた悲惨なニュースって思いがちですが、それって、自分が安全地帯にいることを保証されていることでもある。結局、遠い世界、全然違う世界の話ってなってしまうんです。

角間:ちょっと落ち着いて考えると、この事件だって、“向こう側の世界”の話ではなく、地続きの話なんですけどね。

●映画『子宮に沈める』 11月9日より新宿K’s cinemaほか、全国順次公開
脚本・監督/緒方貴臣 出演/伊澤恵美子 土屋希乃 土屋瑛輝ほか

【緒方貴臣】
映画監督。高校中退後、会社の設立、海外放浪などを経て、映画の道へ進むために上京、映画の専門学校へ通う(3か月で辞める)。2009年から映像制作を始め、初監督作品『終わらない青』が沖縄映像祭2010で準グランプリを獲得。2作目『体温』で、2年連続ゆうばり国際映画祭コンペ部門にノミネートされ、テキサスファンタスティック映画祭やレインダンス映画祭など、国内外6つの映画祭で上映される。11月2日、『体温』のDVDがリリース。『子宮に沈める(Sunk into the Womb)』は11月9日より新宿 K’s cinemaなどにて順次公開。http://paranoidkitchen.com/

【角間惇一郎】
1983年生まれ。一般社団法人GrowAsPeople代表理事。建築、空間デザイナー。
夜の世界で働く女性たちが抱えがちな課題である「立場を知られる事を恐れ、相談や支援を受けられない」の存在を知り、2010年から、サポートと課題の顕在化を目指して活動を始める。現在はデザイン思考による解決がテーマ。越谷市男女共同参画推進委員(Twitter : kakumaro)。http://growaspeople.org/

<構成/鈴木靖子>




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