息子が「知的障がい」と診断された日に私を救った“宝物”【シングルマザー、家を買う/44章】
<シングルマザー、家を買う/44章>
バツイチ、2人の子持ち、仕事はフリーランス……。そんな崖っぷちのシングルマザーが、すべてのシングルマザー&予備軍の役に立つ話や、役に立たない話を綴ります。
(前回のお話)
5歳になる頃に、言葉が話せない「表出性言語障がい」と診断された息子。その1年後、簡単なIQ検査を受けると、結果は「知的障がい」だった。ショックを隠し切れないシングルマザーだったが、ゆっくりでもいいから受けとめていこうと決意した。
息子が“知的障がい”と判を押された帰り道。気丈にふるまっていた私も、さすがに心のネジがゆるみ、電車の中で泣きそうになってしまった。しかし、息子はそんな私のどんよりした空気をものともせず、ベビーカーのなかからいつもの愛想を車内の人たちに振りまいている。
息子は電車に乗ると、かまってくれそうな人を見つけてはニコニコと笑顔をビームのように送り、相手がキャッチしたとたんに最高の笑顔を見せるのだ。そのターゲット選びに失敗はほとんどない。以前、完全に怖い世界にいそうな人に向かってニコニコと笑いかけ、なぜか「いないいないばあ」をするという暴挙に出たときは血の気が引いたが、そのコワモテのお兄さんが「ばぁ」っと笑顔で返してくれたのだから、息子の千里眼にはため息が出る。
この日の息子は、シルバーシートに腰かけているおばあちゃんにターゲットを絞ったらしい。目が合って、ニコリと笑顔を交し合った後、そのおばあちゃんの手を握ると、ぶんぶんと横に振り、ニコニコしながら何か話しかけている。「あーあ、あーあ」とリズミカルに手を振ると、おばあちゃんもまたニコニコしながら、それに合わせて歌ってくれた。息子は嬉しくなったらしく、キャッキャとその場を楽しんでいる。
とはいえ、まだ気持ちを完全に戻せない私は、どんよりとその二人を見ているしかなかった。
すると、おばあちゃんはポケットからカギを取り出し、ゴソゴソとキーホルダーを外し始めたのだ。しかし、キーホルダーはずっと使っていたもののようで、しっかりとカギと一体化しており、なかなか取れない。そうしているうちに、次の駅が迫ってくる。
おばあちゃんはどんどん焦ってきたようで、私に「このスティッチのキーホルダー、はずしてくれないかしら?」と頼んできた。
なぜこのタイミングで私にこんなことを頼むのだろうと思ったが、断る理由もないのでスティッチを外し、おばあちゃんに渡すと、おばあちゃんはニコッと笑顔で息子にこのキーホルダーを渡してくれた。
「このキーホルダーね、音が鳴るから、とってもかわいいよ」と。
息子は嬉しいようで、チリンチリンと音を鳴らしながら、大事そうに手の中にそのキーホルダーを握っていた。
次の駅でおばあちゃんが立ち上がったので、そのキーホルダーを返そうとすると、おばあちゃんは「この子にあげたかったの」と笑い、そのまま降りて行ってしまった。

息子はキーホルダーを片手におばあちゃんにぶんぶんと手を振ると、また幸せそうにスティッチの音を鳴らして私に笑顔を見せてくれた。その時、何かが吹っ切れた。
「あぁ、この子は大丈夫だ」と。
息子は、障がいがあろうと、何があろうと、いつも周りから愛されている。周りの友だちにも、保育士さんにも、病院の先生にも。息子に会った人はみな、かわいくて仕方がないと頭を撫でてくれる。そして、電車の中でほんの5分くらいしか一緒にいなかった人にさえ、何かしたいと思わせる力をもっているのだ。
これは、障がいがなくても、簡単には持てない力。それを、息子は生まれながらにして持っているのだ。そんな息子に対して私が憂うのは、きっと違う気がする。こんなにも、みなに愛され、周りを笑顔にしてくれるなら、その笑顔を持ち続けられるような環境を作るのが私の役目だと、はっきりとわからせてくれたのだ。
この日から、このスティッチのキーホルダーは宝物になった。きっと、これからも、こんな宝物が増えていくのだろう。息子の笑顔が続く限り。
<TEXT/吉田可奈 ILLUSTRATION/ワタナベチヒロ>
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【吉田可奈 プロフィール】
80年生まれ、フリーライター。西野カナなどのオフィシャルライターを務める他、さまざまな雑誌で執筆。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。座右の銘は“死ぬこと以外、かすり傷”。Twitter(@singlemother_ky)
※このエッセイは隔週水曜日に配信予定です。
どんより顔の私とニコニコ顔の息子

「この子にあげたかったの」

おばあちゃんが気づかせてくれた“宝物”
- ママ。80年生まれの松坂世代。フリーライターのシングルマザー。逆境にやたらと強い一家の大黒柱。
- 娘(8歳)。しっかり者でおませな小学2年生。イケメンの判断が非常に厳しい。
- 息子(5歳)。天使の微笑みを武器に持つ天然の人たらし。表出性言語障がいのハンデをものともせず保育園では人気者
吉田可奈
80年生まれ。CDショップのバイヤーを経て、出版社に入社、その後独立しフリーライターに。音楽雑誌やファッション雑誌などなどで執筆を手がける。23歳で結婚し娘と息子を授かるも、29歳で離婚。長男に発達障害、そして知的障害があることがわかる。著書『シングルマザー、家を買う』『うちの子、へん? 発達障害・知的障害の子と生きる』Twitter(@knysd1980)
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『シングルマザー、家を買う』 年収200万円、バツイチ、子供に発達障がい……でも、マイホームは買える! シングルマザーが「かわいそう」って、誰が決めた? 逆境にいるすべての人に読んでもらいたい、笑って泣けて、元気になる自伝的エッセイ。 ![]() |