Entertainment

きみを強くする、そうして、静かに消えていく。――「アンパンマンたいそう」の歌詞について/最果タヒ

最果タヒ きみを愛ちゃん「きみを愛している。」  歌や映画や小説の中にあるその言葉が、現実より自分より、信じられることがある。厳密には、人は、愛のためにすべての人生を、燃やすことなどできないのかもしれない。けれど、愛を描くため生まれた作品たちに触れたならば、その向こう側にあるものを、一瞬、目にすることができるかもしれない。作品ごしに触れた、愛について。この連載では、書いていきたい。

きみを強くする、そうして、静かに消えていく。――「アンパンマンたいそう」の歌詞について

 もし自信をなくして くじけそうになったら  いいことだけ いいことだけ 思いだせ (「アンパンマンたいそう」作詞:やなせたかし)  アンパンマンのこの歌詞は、アンパンマンにしか言えないこと。家族や友達には決して言えないことだと思う。それは、アンパンマンが「くじけそう」と言ったところで、そこまで深刻さを感じないからだ。アニメの中でカバオくんが泣くのは、お腹が空いたとか小さな怪我をしたとかで、アンパンマンの世界にはそれ以上の「不幸」はない。だから、ここにある「くじけそう」もそれぐらいのことだと思えるし、だからこそ「いいことだけ思い出せ」が無責任なきれいごとに見えないのだろう。  人生において深刻な問題を抱えたとき、親も家族も、本人に「いいことだけ思い出そうよ」と言うことはできない。それはあまりにも非現実的だし、ただ、その問題から目を逸らしているようにしか思えない。これは、アンパンマンにしかまっすぐに言えない言葉だろう。そして、深刻な、現実的な苦しみにたとえ届かないとしても、この歌詞は人生に大きな意味をもたらすはずだ。そのことが、この歌の凄さなのだと私は思う。  アンパンマンとはヒーローで、子供がとても小さいときに出会う存在だ。幼いころの私はほとんどのアニメや子供番組を怖がっていたけれど、アンパンマンだけは大丈夫だった。当時の私は怖いもの知らずで、けれど本当はなんでもかんでも怖い時期だった。守ってくれる人はいるし、だから安心もしているけれど、でも一人ではなにもできない。ひとりぼっちになってしまったら、知らない人が近くに来たら、見たことない犬が近づいてきたら、もう恐ろしくてたまらなかった。けれど、不安でいっぱいになりながら、泣き叫びながら、絶望はしていなかったように思う。それは、思いっきり泣いてしまえるから。泣いて、パニックになって、状況を深刻に考えずに済むから。解決されるそのときを泣き叫びながら待てばよかった。自分が動かなければなにも変わらない、なんてことはなかったから。  大人になれば、問題それ自体の恐ろしさよりも、解決できなければ自分はどうなってしまうのかという不安と焦りが私を追い詰めた。問題は、どこまでも現実のものだ。いいことを思い出している場合ではなかった、早く自分が自分を救わなくては。アンパンマンは、そうやって「私」が追い詰められるのを止めてくれる存在だった。お腹が空いたときにパンを分けてくれる、みんなが遊んでいるのをちょっと邪魔するばいきんまんから守ってくれる。だからそれまでは泣いていればいい。この世界には、本当の本当に悪い奴はどこにもいない。  当時、ばいきんまんが私の「悪人」のイメージだった。欲望を抑えきれなくて、周りのペースに合わせられなくて、自分のことしか考えられない。そういう人。彼は、嫌なことをしてくることはあるけれど、でも、「私」がなんとかしなくちゃ、と思う対象ではなかった。泣いて、アンパンマンを待てばよかった。アンパンマンが見せる「不幸」はどれも、アンパンマンがなんとかしてくれることだ。辛いときに、辛いと思うだけでいいのだ。そう言ってくれるこの世界は、ある一つの「愛情」だと思っている。 ハート 昔、小さな擦り傷を作って、別にもうそんなに痛くないはずなのに、アンパンマンの絆創膏を貼ってもらって、とても、嬉しかった。その絆創膏を貼るより前、怪我もなかったころにくらべたって、きっと強さはアップしていた。この歌も、同じ力を持っているだろう。きみは、いいことだけ思い出していればいいんだよ。私はそうやって大人になるまで、少しずつ自分の強さを増やしていった。辛いことに傷ついているだけではいけない、自分がなんとかしなければいけない、そう追い詰められることはなく、悲しい気持ちでいっぱいになる時間をくれた。それが自分への肯定でないなら、なんだというのだろう。  小さな絆創膏。もうほとんど治りかけの小さな傷に「大丈夫だよ」って言ってくれるアンパンマン。強くなれる。それで。愛されていると、実感して。親の愛とも、友達の愛とも違う。小さくくじけては、「いいことを思い出そう」って言ってくれるその存在。その存在がくれる愛は、晴れの日の小川みたいにおだやかで、記憶からすぐに消えていってしまうけれど、でも、確かに、あったものなんだ。  子供のころのアニメや番組を見ると猛烈に悲しくなってきてメソメソと泣いてしまうのだけれど、これは自分の愛されているという当時の実感をそれらが一部作ってきたからだと思う。親が愛してくれていたのは確かだが、それだけでなく、この空の下で、この大地の上で、きみはとってもかわいくて、とっても大切な存在なんだよと、大きな「みんなの存在」が伝えてくれている。それはふんわりと、うっすらと、自分を守ってくれていた。当時はなんだかアンパンマンが好きで、なんだか歌が好きで、口ずさんでいただけだけど、あんなに好きだった理由にいまさら、歌を通じて気づいてしまう。いや、そんなのきっと、大人になった私が都合よく解釈しているだけなのだろうけど。  子供のために作られた作品、その中にある「愛」は、独特な色と穏やかさをしている。きっと今も私のなかに、残っているのだろうと思う。 最果タヒ アンパンマン体操●アンパンマンたいそう 作詞:やなせたかし 魚住勉 作曲:馬飼野康二 『 アンパンマンたいそう&サンサンたいそう』<文/最果タヒ イラスト/とんぼせんせい>
Cxense Recommend widget


あなたにおすすめ