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小泉進次郎&滝川クリステルの結婚報道で「小泉家の闇」にマスコミが触れない不思議

三男が父に会いに行くも拒否

 前出の『週刊現代』によれば、純一郎氏は「養育費はビタ一文払わない」と言ったそうで、宮本さんは未経験だった不動産業界に飛び込み、ふらふらになりながらも女手一つで佳長さんを育てました。 <私は息子が物心ついた頃から「我が家に父はいない。そして母もいない。いるのは世帯主だ」と言ってきました>  そうはいっても、父親に会いたいと思うのは人の常。父親そっくりの切れ長の目を持った青年に成長した佳長さんは、『週刊新潮』(2001年5月24日号)で「オヤジや2人の兄とも会いたいし、いずれは会えると思っています」と面会を切望していました。 独白 2001年夏そして同年11月、佳長さんは純一郎氏のもとへ。しかしいずれも秘書を通じて断られたと言われています(前出『週刊文春』)。  前出の『週刊現代』でジャーナリストの松田賢弥氏が佳長さんに直撃したところ、父親を一目見ようと、純一郎氏が選挙カーで演説している場へ行ったこともあるそうです。  父からは待てど暮らせど連絡なし――。この頃純一郎氏はテレビカメラの前で進次郎とキャッチボールをするなど、次男を“小泉家の後継者”としてお披露目できる道を作っているときでした。

初対面を果たし、現在は和解

 2007年に大学卒業後、佳長さんは母親と同じく不動産の道へ。そのときのことを母・宮本さんはこう述懐しています。 <同じ不動産業界に進んだときは、うれしかったですね。私の背中を見ていてくれたのかな、と。私は「父親が有名でも、あなたとは関係ない。あなたの母はいちサラリーマン。勘違いしないで生きなさい>  前出の『週刊文春』によれば、純一郎氏は常々周囲に対し総理を辞めるまでは三男に会わないと宣言していましたが、09年政界を引退したのを機に、先に関係を修復していた長男の孝太郎が音頭を取って初対面が実現しました。  父と会うまでに26年かかっていますが、時間の長さなど実の親子には関係ないことだったのでしょう。 「和解なんか前からしてますよ」  2014年に佳長氏が結婚した際に『週刊文春』の直撃取材を受け、そう答えた純一郎氏。三男の結婚の祝いの席には出席したものの、披露宴には来ていなかったと同誌(2016年3月17日号)は報じています。 小泉進次郎ブログ 進次郎議員が結婚報告をした時も純一郎氏は「一度はした方がいい」という反応だったそう。現在も独身を貫いている純一郎氏にしてみれば、悪いことばかりではないが希望は持ちすぎずといったところでしょうか。  前述の通り、進次郎議員は純一郎氏のような父親になりたいと語っていました。元妻と三男から見たら「純一郎氏のような父親」ってどうなのよ?とツッコむメディアはありませんでした。  しかし長期に渡り進次郎議員を取材したジャーナリストに言わせれば、「シングルファーザーの父親が大切に育ててくれたというのは彼の定番ネタ」。自身の祝い事でも政治家として“仕事”を忘れないのは、政治一家の4代目として幼い頃から英才教育を受けてきた賜物でしょう。 <これまで「離れていても、子どもへの愛は伝えられる」と信じて生きてきましたが、孝太郎と進次郎がメディアを通じて発信してくれるおかげで、気がつけば「息子たちに支えられている」と感じられるようになりました> と語った宮本さんは、今回の進次郎氏の結婚をメディアで知って、どのような思いで見つめているのでしょうか? <文/女子SPA!編集部> ⇒この記者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】
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