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愛犬を亡くして2年半、悲しみを抱きしめて生きていく

16歳の愛犬を亡くした心理カウンセラーが考えるペットロス Vol.29>  心理カウンセラーの木附千晶さんは、16年一緒に暮らしたゴールデン・レトリーバー「ケフィ」を2017年1月に亡くしました。
ビーチで 木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」

木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」

 ケフィはメニエール病などと闘い、最後は肝臓がんのために息を引き取ったのです。前後して3匹の猫も亡くし、木附さんは深刻なペットロスに陥ってしまいます。自分の体験を、心理カウンセラーとして見つめ、ペットロスについて考えてきた本連載。とうとう最終回です(以下、木附さんの寄稿)。 =====================

ケフィは軽快な足取りで虹の橋へ向かったはず

 ケフィが亡くなって2年半が過ぎました。少しずつではありますが、ふいにケフィのことを思い出して涙がこみ上げることは減ってきました。だけど正直言って、まだまだ「ペットロスを乗り越えられた」と胸を張れる自信は無く、その入り口にたどり着いたくらいの感じです。 カートで移動 木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」 以前、この「女子SPA!」の連載のなかで書いたように、「死に近づいて行く不安と苦しみのなかにひとりぼっちにせず、共に苦しんであげられたこと」や「愛する者をひとり恐怖に向き合わせるのではなく最期への道を一緒に歩んであげられたこと」は、とてもありがたいことだったと分かっています。「できる限りのことはやった」とも思いますし、獣医師も言っていたように、一番楽で、幸せな最期だったとも信じています。  きっとケフィは、虹の橋へと向かうときも、軽快な足取りだったはずです。向かい風に鼻をひくひくさせながら、耳をぴょんぴょんと弾ませて。丸みを帯びたしっぽとお尻をふりふりしながら。ご機嫌な笑顔で「橋のたもとに着いたら、でんすけ(2015年に亡くなった相棒猫)と会えるのかな」と、わくわくしていたことでしょう。  そして、ときおり振り返っては私の姿を確認し、こんなふうに言っていたと思います。 「先に行くよ。橋のたもとで待ってるね!」

悲しみや寂しさの感情は別

 でも、そんなふうに頭で理解できることと、悲しみや寂しさという感情はどうやら別なようです。相変わらず、春になれば河川敷の桜並木を一緒に歩いたときのケフィを思い出します。夏になれば海で「持ってこい」をした姿が浮かんできますし、秋には紅葉のなかでのトレッキングを、冬にはスノーシューの記憶が甦ってきます。  そうやっていつもいつもそばにいて、私を見つめ、笑っていたケフィのことを思い出すたびに、「もうケフィはこの世にいないのだ」という底知れない喪失感がこみ上げてきます。ケフィがいなくなったことで、失った時間や生活、喜びや楽しみを思い、「私は、今もケフィの不在を数えている」と涙ぐむこともたびたびあります。

ケフィは私の一部になっている

 そんなとき私は、「ああ、今、私はケフィを懐かしんでいるんだ」、「私は今もケフィを失ったことを悲しんでいるんだ」と、しみじみと味わうようにしています。「あんなにも愛してきたのだから当然のことだ」と肯定することにしています。 水遊び 木附さんが16年間一緒に暮らした、ゴールデン・レトリーバーの「ケフィ」 そして、ケフィと過ごした時間、その存在があったからこそやってきたこと、考えたこと、めぐりあった人、ケフィが与えてくれた人生の意味、ケフィがいなければあり得なかった今の自分や、これからの自分について考えてみることにしています。  たとえ肉体は無くなっても、ケフィと過ごした時間や記憶は永遠に失われることはありません。16年間を共に過ごしたケフィは、確かに私の人生の一部になっていて、「私という人間」をつくり、その未来にも影響を与えています。そうやって私はこれからもずっとケフィと一緒に生き続けます。
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ペットロスを乗り越えるのは忘れることではない
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