是枝裕和監督がまた快挙。大女優ジュリエット・ビノシュが語る撮影現場
日本人監督として初めてヴェネチア国際映画祭のオープニングを飾った是枝裕和。2018年は『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高峰パルムドール賞を受賞し、いまや世界中の名優が彼の映画に出演したいと望むほどです。
是枝監督が8年もの構想を経て創り上げた最新作『真実』(10月11日公開)は、監督自らが“フランスの映画史を体現する女優”と称賛する映画界の至宝カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュが母娘を競演。
母である国民的大女優のファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)の自伝「真実」の出版祝に駆けつけた、ニューヨークで脚本家をしているリュミール(ジュリエット・ビノシュ)、テレビ俳優の夫ハンク(イーサン・ホーク)と7歳になる娘のシャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)。
出版前に原稿を見せる約束をしていたのに、勝手に自伝を出版してしまったファビエンヌに呆れながらも、その自伝を読み愕然とするリュミール。“真実”が見当たらないのだ。怒り心頭の彼女はファビエンヌに詰め寄る。母と娘、二人の愛憎満ちた積年の想いがぶつかり合う。そして、ある秘密が明らかに……。
――ビノシュさんは緻密な役作りで有名ですが、是枝監督は即興的な演出で有名です。ビノシュさんとは正反対のアプローチをする監督とお仕事をされていかがでした?
ジュリエット・ビノシュさん(以下、ビノシュ)「是枝監督に関してはとても小さな変更でしたし、作品をよりよくするための意図だったので、問題は全くありませんでした!
でも、朝、撮影場に行くと書き換えられた脚本を渡される……なんてことはよくあって。ほんの少しの変更ならそれほど気にしませんが、当日にセリフが大幅に変えられると役者が力量を発揮できないんです。
演じるってお祈りみたいなもの。お祈りの言葉をちゃんと分かっていると心から唱えることができますよね。でも、言葉も知らずにいきなり祈れと言われても心から祈ることはできないしょう? 役者というのは、セリフを理解して噛み砕いた後に、頭で考えずにセリフが自然に口から出るようになって初めて、本物の演技ができるようになるんです。
だから、急に新しいセリフを投げられて演じろと言われても、役者はセリフの暗記に囚われてしまって十分に演じるレベルまで到達できない。なので、ギリギリにセリフやシーンを大幅に変える監督にはやめてほしいと言うようにしています」
――なぜ、監督のなかには撮影直前にセリフを大きく変える人がいるのでしょう?
ビノシュ「土壇場でセリフを大きく変える監督のなかには、ある意味、自分の権力をふりかざしたいという人もいて。でも、それは監督にとっても作品にとっても、よいこととは思えない……」
――監督のなかには役者を支配することによって、現場での権力を知らしめようとする人がいると?
ビノシュ「偉大な監督になればなるほど、権力を振りかざしませんね。賢い監督は編集において監督の力が最大に発揮されることを知っているから。結局、映画って編集の力が大きいんです。シーンをカットしたり入れ替えたりすることによって作品のクオリティが断然違ってくる。頭のよい監督は現場を思い通りに動かすことよりも、編集に注力します。
とはいえ、撮影現場で監督と役者の間で権力をめぐる争いが起きることもあり……そんなときはむしろ役者のほうが知性をもって一歩身を引いたほうがよいでしょうね(笑)。クリエイティビティをめぐるぶつかり合いは必要ですが、権力をめぐるぶつかり合いは何も生み出しませんから。映画制作はオーケストラのようなもので、各人がそれぞれにプロ意識をもって自分のスキルを奏で、監督は指揮者として全員をまとめていくのが仕事だと思います」
――なるほど。コラボーレーションが一番大切だということですね。ビノシュさんにとって理想の現場とはどんなものですか?
ビノシュ「静寂ですね。静寂は他者へのリスペクトの裏返しだと思うんです。ガヤガヤしていると役者は映画という別世界に入り込めない。監督の『アクション!』という号令がかけられても、まだ周りがうるさいときは静かになるのをジッと待つタイプなんです、私は(笑)。是枝監督はとても静かな方で、彼の繊細さや観察力は飛び抜けていると思いました」
記憶と真実の曖昧な境界線や幾層にも重ねられた感情の断片が紡ぐファミリードラマだが、ウィットに富んだ軽快なセリフの応酬に笑い、枯れていく美しい秋を背景に繰り広げられる複雑な家族模様に涙してしまう傑作に仕上がっています。
本作で、傲慢な嘘つきの大女優である母親に“真実”を突きつける娘を演じたジュリエット・ビノシュに演技論から監督と俳優の複雑な関係まで語ってもらいました。
『真実』あらすじ
是枝監督とは正反対のアプローチをとるジュリエット・ビノシュ
監督と役者が争う現場もある…!?
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