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剛力彩芽「私は月には行けない」でお別れ?“破局の名言”史上に残る5選

 女優の剛力彩芽とZOZO創業者である前澤友作氏が破局したことが11月12日、わかりました。
 雑誌の対談を機に、昨年2月頃から交際をスタートさせた2人は、サッカーW杯ロシア大会やパリコレにそろって顔を見せるなどアツアツぶりが話題に。剛力は女優業そっちのけで恋愛にのめり込み、前澤氏が準備を進める2023年の「月旅行」にも同行するのではないかと思われていました。ところが――。 「私は月には行けない」  前澤氏と月旅行について話をした際に剛力がそう別れを切り出したという知人の証言を、情報番組『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ系)が放送。「かぐや姫か剛力しか言えないセリフ」とネットは盛り上がりました(その言葉が事実かどうか、ご本人はコメントしていませんが)。

松田聖子「生まれ変わったら一緒になろうね」

『Pre 40th Anniversary Seiko Matsuda Concert Tour 2019 Seiko's Singles Collection』(ユニバーサルミュージック)

『Pre 40th Anniversary Seiko Matsuda Concert Tour 2019 Seiko’s Singles Collection』(ユニバーサルミュージック)

 剛力に負けず劣らない別れの“名ぜりふ”を残したのが、歌手の松田聖子です。 「もし今度生まれ変わったら絶対に一緒になろうね」  1985年1月、約4年間交際していた歌手・郷ひろみとの破局を単独会見で報告した聖子。周囲の状況や環境を考えた結果、別離を決意しましたが、また2人は一緒になることを約束したと語りました。
郷ひろみ「Jan Jan Japanese」SMR

郷ひろみ「Jan Jan Japanese」SMR

「人生において大切な時期を彼と過ごしてきたのだから悔いはありません。女としてすごく幸せでした」  両目から大粒の涙を流しながら語る姿は印象的で、この「生まれかわったらー」は当時の紙面をにぎわせました。  しかし郷はのちに、「そんなこと言っていない。僕が生まれ変わって虫だったらどうする気だろう?」とジョークを交え否定。それだけ聖子の愛が強かったということですね。

貴花田「愛情がなくなりました」

貴花田(貴乃花親方)

貴花田時代の貴乃花親方「サンデー毎日創刊70周年記念アルバム 若・貴」毎日新聞社

 相撲界のホープだった貴花田(元貴乃花親方)と人気若手女優の宮沢りえの別れも印象的でした。2人が婚約を発表したのは1992年11月のこと。「世紀の結婚」と世間の注目を浴びました。  しかし、翌93年1月に婚約解消。「愛情がなくなりました」。集まった報道陣を前に貴乃花は破局の理由をこう答えました。これから横綱になるであろう人物としては品格に欠ける回答と眉を寄せる記者もいる中、「自分の力のなさ」とすべては自分に非があると貴花田は強調しました。
宮沢りえROSEE

CD『ROSEE』(1993年)20歳頃の宮沢りえ

 宮沢側としては、女優としてこれから大成するという時におかみさんになられては困るという思いもあったようで、のちに歌手の美川憲一が「(りえママに)頼まれて(婚約を)ぶっ壊した」と関西ローカル番組で告白しています。当時2人とも20歳そこそこでしたが、すでに背負うものがありすぎたのかもしれません。

岡田美里「お中元やお歳暮で食べたいものも食べられない」

 2001年6月にタレントの堺正章と離婚した、タレントで実業家の岡田美里の離婚理由も興味深いです。 「堺のそばで妻をやっていくのが大変でした。お中元やお歳暮で生きたクルマエビや殻つき生ガキ100個とか届いて、食べたいものも食べられない」  会見で語ったこの言葉は、当時話題になりました。お礼状を書くのもかなり骨が折れる作業で、ほとほと疲れていたようです。  そしてもう1つ。実は岡田は父親から受けた家庭内暴力でPTSDを患っており「(堺は)仕事に忙しくて、私のささいな悩みや心の病を受け止めてくれなかった」ことも原因だと明かしています。夫が有名すぎるのも考えもののようです。
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王理恵「そばをすする音が気に入らない」
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