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顔のホクロが印象的なモデル、「ホクロを切除しろ」と言われてた

 元祖スーパーモデルとして一時代を築いたシンディ・クロフォード(54)。1990年代最も多く活動したモデルとして知られるシンディの魅力は、なんといっても左唇上にあるホクロ。しかし、高校生でデビューした当時は、「ホクロを取らなければ成功しない」として、除去するように言われたという。

デビュー当初の写真にはホクロがない

シンディー・クロフォード

シンディー・クロフォード

 ともに元祖スーパーモデルとして活躍したナオミ・キャンベルのライブ配信『ノー・フィルター・ウィズ・ナオミ』にこのたび出演したシンディー。デビュー当時をこう振り返っている。 「アメリカ版ヴォーグの前にイギリス版ヴォーグの表紙の撮影をしたの。デヴィッド・ベイリーが撮影だったと思う。その写真は修正されたわ。だから表紙の私にホクロがないのよ」 「初めてモデル事務所に行った時だった。シカゴにあったんだけど、本当に小さなところで、名前も覚えていない。そこで、ほくろを取るように言われたわ。母は『わかったわ。やってもいいけど、傷跡がどうなるかは分からないわよ。あなたのほくろは見ての通りだけど』って」  結局シンディーは取らないことに決めたものの、多くの雑誌がホクロをメイクで隠すか、撮影後修整していたそうだ。 「シカゴでモデルをやり始めた頃は、それを隠そうとした人もいたけど、私のほくろは平らじゃないからできない。隠せば大きなニキビみたいになってしまう。シカゴでは許容範囲だったようだけど、日本で働いた時は、時々修正されて無くなっていたわ」  ナオミから、ホクロを消された時の気持ちを聞かれたシンディーは、次のように答えた。
「そんなに気にしなかった。子供の頃はそのホクロが嫌いだったから。妹から醜いマークだって言われたりもした。自分にないものを常に欲しがるのが人間よね。カーリーヘアーの女の子はストレートに、ストレートの女の子はカーリーになりたいって」

ホクロを除去したいと思っていたけど……

 今ではトレードマークとなっているシンディのホクロ。しかし子供の頃は、妹から「醜いマーク」と言われたうえ、学校でもからかわれていたという。そのため、ホクロを除去したいと思っていた時期もあったようだが、母に止められて思いとどまったそうだ。  モデルとして活動を始めてからも、シンディのホクロに難色を示す業界関係者もいたようだが、米版ヴォーグの撮影がそんな状況を変えたという。 「リチャード・アヴェドン、ポリー・メロンと一緒に初めてアメリカのヴォーグの表紙をやった時、ほくろをそのまま残すかどうか分からなかったけど、結局そのままだった。それ以来、ホクロの問題は無くなったの」  そして、女性がありのままの自分に満足できるのに役に立てたとして、こう続けた。
シンディー・クロフォード

ヴォーグ誌<1986年8月号>の表紙
(※画像:Amazonより)

「ホクロがある女性はたくさんいる。ヴォーグや他の雑誌の表紙でホクロを隠さない私を見て、自分のも気にせず楽な気持ちになってくれたんだわ」 「ホクロのおかげで、たくさんの人に顔を覚えてもらえた」と語るシンディ。今では、最大のチャーミングポイントとして人々に認知され、「シンディー・クロフォードのようなホクロをメイクで作る方法」がネット上で取り上げられることもあるほどだ。 <文/BANG SHOWBIZ、女子SPA!編集部>
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