実家のガレージにあった昭和の美しい食器【日々の雑器 Vol.1 茅野裕城子】

<茅野裕城子【日々の雑器】Vol.1>

いつからともなく、どこからともなく、わたしの回りには、さまざまな器が集まってきてしまう。

基本的にはずっと断捨離中ではあるのだが、それでも、旅する先々で、骨董市で、あるいは、実家のガレージの片隅に捨てられそうになっていたのなど、どうしても手にとって、持ってきてしまうものがある。
本当は、白い機能的で形のよい食器のストックがあれば、それでいいのかもしれないけど、人間、それじゃあ、飽きてしまう。

かといって、わたしは高級ブランド食器のフルセットとかも、持ちたくない。雑多で不揃いな器で、日々の食事をするのが楽しい。使っていると、器たちは少しずつ、なにかを語りかけてくる……。

Vol.1 百貨店の景品



グラスわたしが日々使っている食器のなかには、実家のガレージで、捨てる一歩手前で、保留になっていた類いのものを救出してきたのが、結構ある。だから、断捨離がまったく進まないわけだ。
それらは大抵、父親が、お中元、お歳暮に頂いたものなのではないかと思う。それほどに、昭和の盆暮れのご挨拶というのは、盛んなものだったといえる。

季節が到来すると、毎日、上がり框のところに堆く積まれたデパートの包装紙の荷物を、見たものである。そして、そういうののなかには、いまになってみると、面白い食器や家電がある。

しかし、これはそれらとは一線を画す、母親が積極的にコレクションした食器である。現在は、デパートで買い物をすれば、ポイントが貯まっていき、優待の比率が上がったりするわけだが、昔は、「友の会」というものがあって(いまもあるのかもしれないけど)たくさん買い物をすると、こういう食器を貰えた、もしくは、頒布会形式で、毎月一種類ずつ、贈られたのかもしれない。


京王デパートの、鳩が飛んでいる食器



というのも、この京王デパートの包装紙の柄の鳩の飛ぶ姿の食器が、うちにはやたらとあるからである。カレー皿、湯のみ、大皿、焼き魚用、そして、ガラスのコップまで。

カレー皿実家は京王線沿線なので、やはり、私鉄とデパートの関係か、母親にも、自分に家の路線の百貨店をサポートする心意気もあったのだろうか。いま、調べてみると、新宿に京王デパートができたのは、東京オリンピックの年、1964年。もっとずっとずっと前からあったのか、と思っていたけど。

で、その新しいデパートのイメージを代表する「鳩が群れをなして飛んでいる図」のデザインは、当時アメリカでUAや AT&Tのロゴや、「サイコ」「悲しみよこんにちは」など映画のタイトルなどで有名なグラフィック・デザイナーだったソール・バス氏に依頼したものだ。いわば、新しいデパートの社運を賭けたプロジェクトだったわけだ。バス氏は、この鳩のデザインに、生命の祝福と同時に、澄んだ静けさを表現しようとしたと言われる。

子どもの頃のわたしは、どういうわけだか、この食器シリーズが嫌いだった。ところが、ガレージの隅で段ボールのなかでほこりをかぶった半世紀近く前のものであるそれらを出して来て、使ってみると、妙に愛着が湧いてくるから不思議だ。特に、佐々木硝子製のコップは、三色のエナメルが美しい。

この食器をみると、思い出すことがある。いまもそのままある京王デパートから駅に降りて行く階段の横で、子どもの頃、傷痍軍人を見たこと。いったい、傷痍軍人というのは、いつ頃まで街角にいたのかわからないが、わたしは、いまでも、アコーデオンの寂しげな音色や、白い装束や、メッセージボードの墨文字やらを鮮明に思いだすことができる。

消費の豊かさが顧客に幸せをもたらすように、と選ばれた鳩のデザインだったそうだが、同時に平和な世の中の幸せをも意味していたのかもしれない。

<TEXT/茅野裕城子>

茅野裕城子/ちの ゆきこ作家。東京生まれ。『韓素音の月』で第19回すばる文学賞受賞。『西安の柘榴』など、中国に暮らした体験をもとに、日中間の誤解や矛盾を描く作品が多い。また、ビンテージ・バービーのコレクターでもあり、『バービー・ファッション50年史』(共著/扶桑社刊)などの研究書も。このところ、キルギス、モンゴルなど中央アジアを旅することが多く、好物は、羊!

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