シルクロードの焼きたてナンの紋様に込められた意味 【日々の雑器 Vol.7 茅野裕城子】

<茅野裕城子【日々の雑器】Vol.7>

いつからともなく、どこからともなく、わたしの回りには、さまざまな器が集まってきてしまう。

基本的にはずっと断捨離中ではあるのだが、それでも、旅する先々で、骨董市で、あるいは、実家のガレージの片隅に捨てられそうになっていたのなど、どうしても手にとって、持ってきてしまうものがある。
本当は、白い機能的で形のよい食器のストックがあれば、それでいいのかもしれないけど、人間、それじゃあ、飽きてしまう。

かといって、わたしは高級ブランド食器のフルセットとかも、持ちたくない。雑多で不揃いな器で、日々の食事をするのが楽しい。使っていると、器たちは少しずつ、なにかを語りかけてくる……。

Vol.7 中央アジアでみつけたナンの紋様型



北京に留学していたとき、その大学がたまたま、少数民族のエリートを育てるところだったので、留学生以外に、回族、チベット族、ウイグル族、満州族、カザフ族、朝鮮族などなど、50以上もある少数民族の学生たちに囲まれて過ごした。

普通の中華の食堂もあり、食べ物に規制のない民族はそこへ行くが、わたしは、宗教やなにかで自分たちの民族の食事を摂らなくてはならない学生たちのための小さな民族食堂が好きで、そういうところに潜り込んでいろんな民族料理を食べて回っていた。
なかでも気に入ったのが、新疆ウイグル自治区のウイグル族やカザフ族、キルギス族などが通う新疆食堂。ポロという羊肉のピラフやラグメンという手打ち麺のトマトソース和えなど、初めて食べたのはこの食堂で、キッチンの奥から、山羊鬚の青い目のおじいさんが無言で手渡ししてくれるそれらが、楽しみだった。

食堂には焼きたてのナンも堆く積まれていたが、食べきれないしすぐカチカチになってしまうかなとおもって買わなかった。

ナン売りその後、新疆へ旅する機会を得て、手作りのシルクロードっぽい装飾のある衣装箱や銅の打ち出しのポットを売っている店などがある職人街をみて歩いていると、一軒、華道の剣山に持ち手をつけた大きなハンコのような形状のものを売っている店があった。

銅のポット聞いてみると、それは、実は、焼く前のナンの表面に様々な紋様をつけていく“テシクシ”という道具だった。

よくみると、剣山のような部分も星型や丸形、などそれぞれ違っていて、持ち手も花が描かれていたり……。それ以来、中央アジアを旅するときは、お皿や鍋ではなく、これを買い集めるようになっていった。

ナンの文様型中央アジアでは、ナンはもちろん主食だ。ナンの紋様は、発酵させた種から空気を抜くのが目的だから、ただ適当に、形を作っているのだろうと最初はおもっていたが、実は、国や地域、お店によって、かたちも大きさも、少しずつ違っている。

始まりのときから愛読している森薫の漫画『乙嫁語り』は、19世紀の中央アジアの架空の場所、たぶん、いまのウズベキスタンかトルクメニスタンあたりを舞台にしたもので、中央アジアの人々の昔ながらの暮らしが細かく描かれていて、興味深い。嫁入り道具にする刺繍のパターンの意味、街での暮らし、結婚の形態など、この漫画で知ったものも多い。例えばナンの紋様もそのひとつ。縄の紋様は縁を、鷹の爪は魔除けを表すなど。

ナンわたしが一番好きなのは、たんぽぽ。綿毛が飛んで来て吉報を伝える印とか。

<TEXT/茅野裕城子>

茅野裕城子/ちの ゆきこ作家。東京生まれ。『韓素音の月』で第19回すばる文学賞受賞。『西安の柘榴』など、中国に暮らした体験をもとに、日中間の誤解や矛盾を描く作品が多い。また、ビンテージ・バービーのコレクターでもあり、『バービー・ファッション50年史』(共著/扶桑社刊)などの研究書も。このところ、キルギス、モンゴルなど中央アジアを旅することが多く、好物は、羊!

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