村上春樹的夕食を彷彿とさせる昭和の晩酌セット【日々の雑器 Vol.9 茅野裕城子】

<茅野裕城子【日々の雑器】Vol.9>

 いつからともなく、どこからともなく、わたしの回りには、さまざまな器が集まってきてしまう。

 基本的にはずっと断捨離中ではあるのだが、それでも、旅する先々で、骨董市で、あるいは、実家のガレージの片隅に捨てられそうになっていたのなど、どうしても手にとって、持ってきてしまうものがある。

 本当は、白い機能的で形のよい食器のストックがあれば、それでいいのかもしれないけど、人間、それじゃあ、飽きてしまう。

 かといって、わたしは高級ブランド食器のフルセットとかも、持ちたくない。雑多で不揃いな器で、日々の食事をするのが楽しい。使っていると、器たちは少しずつ、なにかを語りかけてくる……。

ひとくちビール&ウイスキーの水割りグラス



昭和 昨今、世のお父様がたは、どんな晩酌を楽しんでおられるのだろうか。

 そもそも、わたしが思い描くような「晩酌」なるものが、いまだに存在しているのか、それも定かではないけれど、親の家の食器棚の奥に、木箱に入った、ひとくちビールのグラスセットというものを幾組か発見し、取り出してきて使ってみると、これが本当に理にかなっていて、良い。

 特にわたしのように、缶ビールの小さなのでも酔っぱらってしまう程度のひとには、ぴったり。

 歯医者さんのうがい用コップを小型化したような、銅製のひとくちグラスのセットも発掘したが、そちらの方は、さらに冷たさが保たれてすばらしい。いまでも、お寿司屋さんで、「最初にひとくちだけビール飲みたいなあ」とお願いしたとき、ひとくちグラスで出てくると、なんとなくありがたみが増すのは、サイズダウン・マジックか。

 さて、捨てるに捨てられない食器の一群のなかに、もっと本格的に、昭和の晩酌を支えたであろうアイテムを発見してしまった。それが「水割りセット」なるものである。

 スナックやバーにあればしっくりくるであろうピッチャーと氷入れ、グラスのセットが、これまた、和風、北欧風、夏用の編み目など、お店が開けるほどあるではないか。試しに、これで、水割りを飲んでみた。

 普段、ウイスキーなど、ほとんど飲むことはないし、ましてや、家にウイスキーのストックなどしていない。ということで、さっそく、シーバス・リーガルと、あてに鯛のお刺身をセッティングしてみた。そこまで聞いて、おっ! と閃いたかたは村上春樹『騎士団長殺し』を読んでいますね。

鯛

「シーバス・リーガル」がつくりだす演劇的な晩酌空間



 わたしの周囲では、この作品が出てから、内容がどうのこうのということとは別に、なんか、食事の場面がちょっとヘンじゃないか、と首を傾げるひとが多かった。

 その違和感の極みが、友だちが鮮度のいい鯛を持って来てさばいてくれて、中年男ふたりが、それをウイスキーを飲みながら食すというシーンであった。しかも、友だちがわざわざ持って来たのが、シーバス・リーガル! シングルモルト全盛のいま、長い間、名前すら忘れていたような、ブレンディド・ウイスキーを、なぜ、この作品で村上春樹がピックアップしたのか、知りたいものである。

 それだけではなく、この作品に登場する料理というのが、どうしても昭和の居酒屋的だというポイントも指摘された。

 かつては、村上作品のなかのお酒や食べ物が、なんとなくオシャレな感じがしたものだが……と、話題は尽きない。

水割りセット そこから、昭和の時代、お父様がたは、日本酒や焼酎も飲んだだろうが、同様に、ブレンディド・ウイスキーの水割りというものを、家で食事をしながら飲んでいたということが思い出された。

 晩酌に水割り、そのトレンドが「水割りセット」というお中元のブームを生んだに違いない。でなければ、絶対、必要もないこのようなセットがいくつも、家に残っているはずがない。わたしも、いろんな水割りセットをテーブルに配置してみる。

 と、やはり、そこには、なんとはなしに演劇的な昭和の晩酌空間ができあがるから不思議だ。

<TEXT/茅野裕城子>

茅野裕城子/ちの ゆきこ作家。東京生まれ。『韓素音の月』で第19回すばる文学賞受賞。『西安の柘榴』など、中国に暮らした体験をもとに、日中間の誤解や矛盾を描く作品が多い。また、ビンテージ・バービーのコレクターでもあり、『バービー・ファッション50年史』(共著/扶桑社刊)などの研究書も。このところ、キルギス、モンゴルなど中央アジアを旅することが多く、好物は、羊!




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