どうしてそこにそれがあるのかわからない……武者小路実篤の絵皿と岡本太郎グッズ【日々の雑器 Vol.11 茅野裕城子】

<茅野裕城子【日々の雑器】Vol.11>

いつからともなく、どこからともなく、わたしの回りには、さまざまな器が集まってきてしまう。

基本的にはずっと断捨離中ではあるのだが、それでも、旅する先々で、骨董市で、あるいは、実家のガレージの片隅に捨てられそうになっていたのなど、どうしても手にとって、持ってきてしまうものがある。
本当は、白い機能的で形のよい食器のストックがあれば、それでいいのかもしれないけど、人間、それじゃあ、飽きてしまう。

かといって、わたしは高級ブランド食器のフルセットとかも、持ちたくない。雑多で不揃いな器で、日々の食事をするのが楽しい。使っていると、器たちは少しずつ、なにかを語りかけてくる……。

突出した昭和のキャラクター食器



 かつて、多くの家にあったけど、どうしてそこにそれがあるのかわからない器、というものがある。その筆頭にあげられるのは、なんといっても武者小路実篤の絵皿であろう。
「仲よき事は美しき哉」などの一連の野菜や花の絵が添えられた皿というものは、それほどに、一世を風靡したものであった。そもそも、絵皿というもの自体、なんのためにあるのかよくわからないということは別としても、うちには、これだけじゃなく、「天に星 地に花 人に愛」の大皿と、「仲よき」の五枚セットの小皿というものまであった。今もある。が、それらは、どんなお菓子にも、お料理にも合わなかった。お皿自体の自己主張が強すぎるからだろうか。

武者小路


 武者小路実篤は、ご存知の通り、『友情』や『真理先生』などで知られる白樺派の作家であり、宮崎に「美しき村」というコミューンを建設し、農業をしながら文筆活動を行っていた。これに、私財を投じたものの、さまざまな要因から村は移転、武者小路も離村した。その後、晩年になって、色紙や皿などに短いフレーズと、野菜や花などの絵を添えて、売り出した。それが、なぜだか知らないが予想外のヒットとなり、昭和の家の応接間のサイドボードの上などに飾られる定番アイテムとなったわけである。
 まあ、金子光晴は、ヨーロッパへ向かう途中、上海で魯迅に絵を買ってもらったお金で、旅を続けられたというし、作家が貧すれば、書や絵を売るということは、昔はよくあったのかもしれないが、武者小路の場合、どうも、ちょっと違い、いわば、キャラクター商品のように量産していく。はっきり言って、彼の小説をひとつも読んだことがなくても、絵皿の存在を覚えている人はいるとおもう。ある意味、「にんげんだもの」の相田みつをに通じるなにかを感じる。


「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」……「岡本太郎」グッズのインパクト



岡本太郎グラス


 もうひとり、昭和の突出したキャラクター食器を挙げるとすれば、それは、岡本太郎に違いない。
 ウイスキー「ロバートブラウン」の本人によるTVコマーシャル「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」に代表される「岡本太郎」的なるものというのは、ちょっとやそっとでは消せない強いインパクトを、見るものに与えてしまう。それは、アーティストが作った陶芸やガラスではなく、岡本太郎というものが、ぐいぐいと前面に出て行く、やはりこれは、キャラクター商品なのである。

岡本太郎1


 先日、膨大な量の太郎グッズ蒐集をみせていただく機会を得た。残念ながら、ここに写真を載せることはできないのだが、それらのなかには、グラス同様に、ネットオークションなどでも手に入るピッチャーや香炉などに混じって、見たこともないようなものもあった。わたしが欲しくてたまらなかったのは、岡本太郎抹茶茶碗だった。小振りの、本当に普通の抹茶茶碗に、よく見ると一筆書きのように、すっすっと太郎キャラが描かれている。その何気なさが、ぐっときてしまうほど素敵なのだ。

<TEXT/茅野裕城子>

茅野裕城子/ちの ゆきこ作家。東京生まれ。『韓素音の月』で第19回すばる文学賞受賞。『西安の柘榴』など、中国に暮らした体験をもとに、日中間の誤解や矛盾を描く作品が多い。また、ビンテージ・バービーのコレクターでもあり、『バービー・ファッション50年史』(共著/扶桑社刊)などの研究書も。このところ、キルギス、モンゴルなど中央アジアを旅することが多く、好物は、羊!


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