今や希少品!中国のどこの食堂にもあった「蛍透かし」【日々の雑器 Vol.13 茅野裕城子】

<茅野裕城子【日々の雑器】Vol.13>

いつからともなく、どこからともなく、わたしの回りには、さまざまな器が集まってきてしまう。
基本的にはずっと断捨離中ではあるのだが、それでも、旅する先々で、骨董市で、あるいは、実家のガレージの片隅に捨てられそうになっていたのなど、どうしても手にとって、持ってきてしまうものがある。
本当は、白い機能的で形のよい食器のストックがあれば、それでいいのかもしれないけど、人間、それじゃあ、飽きてしまう。
かといって、わたしは高級ブランド食器のフルセットとかも、持ちたくない。雑多で不揃いな器で、日々の食事をするのが楽しい。使っていると、器たちは少しずつ、なにかを語りかけてくる……。

米粒大の透かし彫り……中華の定番食器


蛍すかし

中国大陸や香港などの料理店や食堂のようなところでも、最も一般的な食器のひとつが、この「蛍透かし」ではないだろうか。
ずっと昔から、こういうものは作り続けられ、また、これからも作られ続けるに違いない、とわたしは、思っていたし、さして興味を持つこともなかった。
「定番」という言葉がぴったりの安定の食器である。

ところが、二年ほど前、北京の新興おしゃれ骨董街を歩いていたら、骨董の皿に混じって、「蛍透かし」が堂々と売られているではないか。
なんでまた、こんなどこにでもあるようなものを、後生大事に骨董屋の片隅で売ってるんだろうと疑問に思い、聞いてみると、
「これ、もう廃盤になったから、新しく作ってないよ、工場がなくなったからね」との答えが。

そうなんですか、日本の中国物産店とかにだって、売ってますよ、と心のなかでつぶやいた。
そのときは、そう思ったけれど、帰国して、機会があるごとに、いろんな中国雑貨の店などをのぞいてみるが、そう言われれば、もう、売っているところはあまりない。

「蛍透かし」、もしくは「蛍手」と呼ばれる明の時代に主に景徳鎮で、磁器に米粒ほどの穴をあけ、その透かし彫り部分に透明な釉薬を充填して焼き、透明な紋様にするもので、ペルシャに起源があるとも言われている。中国では「玲瓏」(れいろう)と呼ばれるそうだ。

日本でも、有田焼などに「蛍透かし」はある。また、ARABIAのカップやボウルにも、美しい「蛍透かし」がある。
欧米でライス・パターンと呼ばれているせいか、何事にも博学な友人が、「あれはお米をひとつひとつ埋め込んでいる」と真顔で言ってたのには笑ってしまったが、ほんとうにそういう錯覚を起こす西洋人は、いるのではないか。
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いつまでも、あるとおもうな、「蛍透かし」


そういうわけで、最近は、いろんな街でこの食器をみつけると、買うことにしている。
大概は、小さなお店の片隅に、売れ残っているのだけれど。
京都の普通のお店では、いっぱいあったデッドストックの猪口を、中国人観光客が「あるだけ全部くれ」と買って行ったという話を聞いた。
裏の刻印によって、生産年がわかるので、こういうものにも、もはや年代を追ったコレクターがいるのだろうか。偽物もあるという。
わたしには、その差がまったくわからないのだけれど。たしかに、北京や上海や香港の食器屋さんでもデパートでも、もはや、これらのアイテムは扱っていない。
そのかわりに、今ではプラスチックの中華柄の派手な皿とかが、店でも使われていることが多い。

不思議な模様だけど、誰にでもなじみがあり、どんな中華料理にでもしっくりきて、それでいて飽きがこない。そんな食器は、実はありそうで、なかなかない。
いつまでも、簡単に手に入ると思って、気にもとめていなかった「玲瓏」なのに、このごろではなんだか愛着をおぼえるようになってきた。



いつまでも、あるとおもうな、「蛍透かし」。
みなさんも、家の食器棚のどこかに忘れられている「蛍透かし」を、救出してみてはどうだろうか。

<TEXT/茅野裕城子>

茅野裕城子/ちの ゆきこ作家。東京生まれ。『韓素音の月』で第19回すばる文学賞受賞。『西安の柘榴』など、中国に暮らした体験をもとに、日中間の誤解や矛盾を描く作品が多い。また、ビンテージ・バービーのコレクターでもあり、『バービー・ファッション50年史』(共著/扶桑社刊)などの研究書も。このところ、キルギス、モンゴルなど中央アジアを旅することが多く、好物は、羊!





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