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ジブリ『風立ちぬ』と、内面が描かれないヒロイン【藤津亮太】

7月20日に公開された宮崎駿監督の新作『風立ちぬ』。大ヒットを記録しながらも、賛否両論があるようです。感動の声の一方で、主人公とヒロインの”葛藤のなさ”に違和感を持つ人が少なくないのも事実。アニメ評論家で、もちろん宮崎アニメについても執筆・講演多数の藤津亮太さんに、『風立ちぬ』のレビューを寄稿して頂きました

宮崎アニメにとって最も大事なのは「逡巡しないこと」

『天空の城ラピュタ』で女海賊ドーラは、とらわれの少女シータを救いたいというパズーに言った。 「40秒で支度しな」  その言葉にうなずき、駆け出すパズー。  逡巡しない。即断即決。その時に自分がなにをやるべきか、わかっている人間でなくては描くに足る人物ではない。それが宮崎アニメにとって最も大事なことだ。
風立ちぬ,宮崎駿

『風立ちぬ』は全国東宝系にて公開中。(C)2013 二馬力・GNDHDDTK

『風立ちぬ』は、零戦の設計主任だった堀越二郎が、小説『風立ちぬ』の著者・堀辰雄(堀越と堀は1歳違いの同世代)のような恋愛をしていたら、という発想から生まれた映画だ。そのため物語は、二郎の飛行機開発に関するエピソードと、結核を病んだヒロイン・菜穂子との純愛の二本柱で進む。  関東大震災の時、偶然出会った二人は、約10年後の軽井沢で再会する。その時既に菜穂子の体は病魔にむしばまれていたが、惹かれ合った二人は婚約、結婚をする。  この映画の特徴は、菜穂子の心境を追わないところにある。だから一見すると、菜穂子の行動はかなり唐突にも見える。でも、先述した通り、宮崎アニメの最も大事なことが「逡巡しないこと」であるとわかれば、すごくわかりやすい。  菜穂子はきっと、二郎と再会した時から心を決めていたのだ。心を決めてしまったのなら、もう怖いものはない。彼女は逡巡することなく、自分がなすべきことへと邁進するのだ。彼女の「なすべきこと」とは何か。それは、二郎となるべく一緒の時間を過ごし、美しい思い出を残すことだ。  だから彼女は、二郎の突然のプロポーズも受け入れるし、回復が絶望的となれば療養所を抜けて最後の時間を一緒に過ごそうとする。

迷いのない菜穂子は究極の宮崎ヒロイン

 そもそも最初の出会いのシーンで菜穂子は、風に飛ばされた二郎の帽子を、すかさず体を伸ばしてキャッチしていた。あのアクションが、菜穂子のすべてを象徴している。その迷いのなさと行動力、意志の強さは、究極の宮崎ヒロインといっても過言ではない。 「美しい飛行機」にデモーニッシュな情熱を燃やす二郎が主役の映画ではあるが、ヒロインの菜穂子もまた、それに負けないだけの強い存在感で映画を輝かせているのだ。  ちなみに、芸術家肌の二郎は、宮崎監督自身の理想像のようでもあるし、そこに加え、軍需工場の工場長だった父親への複雑な気持も託されているように見える。そして菜穂子には、脊椎カリエスで長く寝たきりだった宮崎監督の母のイメージも見え隠れする。  このあたりを念頭に置いた論考は、プロアマ問わずネットでいろいろ書かれているので、気になる方は検索をどうぞ。 <TEXT/藤津亮太> 【藤津亮太 プロフィール】 1968年生まれ、アニメ評論家。アニメ時評集『チャンネルはいつもアニメ』(NTT出版)など著書多数。 雑誌等で執筆のほか講座「アニメを読む」(朝日カルチャーセンター)、ウェブ連載「帰ってきたアニメの門」http://www.p-tina.net/animenomon/452などで活躍中。ブログ http://blog.livedoor.jp/personap21/
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