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親の介護でイライラする自分を責めないで。瀧波ユカリが体験したこと

 ここ数年で大きな問題になっている親の介護の大変さ。とはいえ、自分を生み育ててくれた母と立場が逆転し、介護する側になったとき、どんな状況になるかを想像するのは難しいものです。  そこで、母親のすい臓がん発覚から看取るまでの体験を記したマンガ『ありがとうって言えたなら』(文藝春秋)の作者で、前回、母の病気との向き合い方についてお話しいただいた漫画家の瀧波ユカリさんに、経験したらこそわかる“親の介護からみえたこと”をお聞きしました。

睡眠不足は“優しい気持ち”を半日で奪う

――お母さまの介護はどのようにされていたのですか? 瀧波ユカリさん(以下、瀧波):大阪の姉が引き取って看ていたので、私が集中的に介護をしたのは、母が入院して、あと数日あるかないかの末期のときです。そんな状況でも母はおむつをつけたがらず、自力で立ち上がって1時間おきにトイレへ行くんですよ。  しかも、「この病棟の看護師は性格が悪い」って謎の妄想に囚われて手を借りたがらないから、私が24時間連れ添わないといけない状態。トイレ以外にも、水を飲みたいとか、痛み止めを打ってほしいとか要望に応えて、話し相手もしないといけない。  そのうち、この状況は長く続かないとわかっていても、「もうやめて!」って気持ちになりました。そばに目を離せない人がいるだけで、半日ほどで精神状態が変わっていくのを実感しました。
ありがとうって言えたならP115

『ありがとうって言えたなら』より

――どのような変化を感じたのですか? 瀧波:全然優しい気持ちになれないんです。睡眠も、ひとりでゆっくり食事をとる時間も持てないと、心の余裕がなくなって、優しさを失うのなんてあっという間。  その上、頭も回らなくなって、病室にユニットバスがあるのにそれを使えることに思い至らず銭湯へ行こうとしたり、自覚もなくイライラして、母に当たって結局また罪悪感を持ってしまったりと、2、3日で自分をコントロールできなくなっていました。  今思えば、あんなヘトヘトになる前に家族や看護師さんに助けを求めればよかったのですが、当時はそんなことも思いつかないほど、ダメージが積もっていたんです。 ――たった数日でそんな状態になってしまうんですね。 瀧波:私は看病のかたわら漫画を描いていたから寝られなかったのもありますが、でもこれが家で介護をしていて、子どももいてって状況なら、やっぱり眠れませんよね。そういう生活を半年や1年続けている人もたくさんいると思いますが、介護はプロの仕事を一般の人がやっているようなものなので、1ミリも頑張っちゃダメだと思います。  イライラするのは心が狭いからじゃない。どんな心が広い人でも絶対にイライラしますから! いろんな人の手を借りて、頼める制度はどんどん利用しないと、自分がダメになってしまいます。
瀧波ユカリ

瀧波ユカリさん

介護で疲れている人に、周囲ができることは?

――介護をひとりで抱え込まないように、周囲ができることはあるでしょうか? 瀧波:当事者は自己分析できなくなっているので、早めに「もう寝たほうがいいよ」とか声をかけてあげてほしいですね。前もって兄弟で振り分け方を相談しておくのもいいと思います。  仕事も同じで、親の介護でヘトヘトだとしても、休みたいって言い出しづらいじゃないですか。だから、誰かが「しばらく休んでいいよ」って言ってあげてほしい。  もし本人が「大丈夫」と言っても、それは、車に接触して大けがした人が「かすり傷だから大丈夫」って歩いて帰ろうとするのと同じ。血が出ていれば事故に遭っておかしくなっているのがわかるけれど、心が疲れていたり傷ついていたりする状態は周りからみえないので、大変さをアピールする能力を失っているんだって意識を周囲が持っていてほしいと思います。  たとえ冷静に見えても、それは本人が表現力を失っているだけかもしれません。 ――瀧波さんは、仕事とどのように両立されたのですか? 瀧波:それこそ頭が働いていなくて、「急いで描かないと」って、母の病室で介護しながら描いていました。  今思えば、担当さんにきちんと状況を話してお休みさせてもらえばよかったんですけど、おおまかにしか説明できなくて、姉の家で原稿を描きながら、ときどき病院へ様子を見に行くようなニュアンスで伝わっていたみたいで、担当さんはそんな大変な状況になっているとは思っていなかったようです。
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介護中は人生で一番お金をガバガバ使う時期
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