ぽんちゃんが5歳になったある日、いつものように療育センターの診察をしていると、ある紙を渡された。そこには、ぽんちゃんのこれまでの成長や、これからの課題がかかれている、いわゆる
“通知表”のようなものだ。半期に一回、必ず渡してくれるのである。
名前の横にある病名のところは、これまでは空欄で何も書いていなかった。発達遅延というだけで、まだ病名、障害名は判断されていなかったのだ。でも、その時はその空欄に、しっかりと文字が書かれていた。
「表出性言語障害」と。
そんな障害名は聞いたことがない。でも、その文字列を目にした瞬間、手が震えて、喉の奥が詰まり、言葉が出なかった。その後、診察が終わるまで、なんとなくこの障害がなんなのか先生に聞けなくて、そのままにしていた。何事もそうだが、言葉にすると本当になってしまいそうで、一度のみこむ癖がついてしまっていたのだ。その後、息子を保育園に預けたあと、私は恐る恐る「表出性言語障害」という言葉を検索した。

そこには、
言葉は理解できても、自分で言葉を発することができない障害と書かれてあった。その分、ジェスチャーなどで物事を伝えようとするのだ。いわゆる、コミュニケーション障害の一つだという。
あ、ぽんちゃんだ。
「これ、捨てといて」「スプーン、持ってきて」という言葉はわかってその行動がとれても、自分から何も発することはできない。
発することができる言葉は、「あ」と「じ」だけ。なぜか、この2文字だけははっきりと話すことができる。はっきり言って喃語(乳児が発する意味のない声)以下である。でも、この障害なのであれば納得ができる。こんな障害があるのだ。でも、その原因は解明されていないという。だから、改善する方法もわからない。
いつか、ぽんちゃんはしゃべれるようになる。
いつか、ぽんちゃんと毎日の話ができる。
ぽんちゃんは、自分ひとりで買い物ができる。
ぽんちゃんは、ほかの子と同じ。ほかの子と、同じように生活ができる。
……あれ、出来ないの?
今まで、障害名がついていないばっかりに、どこか持っていた希望。ぽんちゃんは、話すことはわかっているから、ぽんちゃんもいつかは話すことができるという期待。でも、その希望が一切奪い取られた気がしたのだ。たったひとつ、障害名がついただけで。
そのとき、藁(わら)にもすがるおもいで電話をかけたのは、自閉症のレイ君のママだった。
<文/吉田可奈 イラスト/ワタナベチヒロ>
【登場人物の紹介】
息子・ぽんちゃん(8歳):天使の微笑みを武器に持つ天然の人たらし。表出性言語障がいのハンデをもろともせず小学校では人気者
娘・みいちゃん(10歳):しっかり者でおませな小学5年生。イケメンの判断が非常に厳しい。
ママ:80年生まれの松坂世代。フリーライターのシングルマザー。逆境にやたらと強い一家の大黒柱。