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小さなセクハラ事件で植え付けられた「自分も悪い」という間違った感覚

「気をつけていない自分が悪い」という呪い

 教室から帰ってすぐに、今日起きた出来事を母親に報告しました。料理をしながら聞いていた母から返ってきた言葉は、「気をつけなさい」「知らない人と話しちゃダメって言ったでしょ」といったもので、私の気持ちに寄り添ってくれるものではありませんでした。
親子

「大丈夫だった?」「怖かったね」などといった言葉はありませんでした(写真はイメージです)

 そもそも我が家は比較的、何かあると「自分でちゃんとしなさい」「しっかりしてないあなたが悪い」と叱られることが多く、当時も「私が悪かったんだ。次は気をつけなくちゃ」と、何の疑問も持たずに終わりました。  でも改めて考えると、変質者に遭遇した責任を小学校低学年に求めるのはナンセンスだし、警察に通報して地域巡回を強化してもらってもいい話です。そんな大ごとでなくとも、「習い事にはしばらく親がついて行く」などの助けがあっても良かったはずです。  その時の親を責める気持ちはありませんが、こうした些細な「自己責任論」の刷り込みが溜まっていった結果、女性の権利への誤った認知へとつながっていたのでは…と、今回の取材を通じて自分を振り返ったのでした。

性への疑問を見逃さないで

 シオリーヌさんは、もし性への疑問を持ったなら、自分を勇気づけるコンテンツに触れることから始めて欲しいと話していました。  私はまだまだ「女性の権利を大きな声で主張していこう!」といった気持ちにはなれません。とはいえ、自分を殺して男性に合わせて恋愛や性行為に及んだ結果、苦しさを感じるのなら、それは心と体がおかしさを感じている証拠だと思います。自分のためにも、そのサインを見逃さないであげてください。  男女の関係性も性に対する考え方も、どんどん変わっていく時代です。どうかその流れに無理せず乗りながら、自分の中に居座る“呪い”を、自分で少しずつ解いていきたいものです。 <取材・文・イラスト/おおしまりえ>
おおしまりえ
水商売やプロ雀士、素人モデルなどで、のべ1万人以上の男性を接客。現在は雑食系恋愛ジャーナリストとして年間100本以上恋愛コラムを執筆中。Twitter:@utena0518
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