――恵那の「
おじさん達のメンツとプライドは地雷。踏まないようにしないといけない」というセリフにも共感の声が多数ありました。これはご自身の経験が反映された言葉ですか。
佐野:直接的にそういう言葉を言ったことはないですが、テレビ局は基本的に先輩方が年上の男性で、前職では派閥みたいなものもあったんですよ。
多くの会社でそうだと思うけど、下の世代はやりたいことができなくて、何でもおじさん達にお伺いを立てる。上の顔色をうかがいすぎて何がしたいのかわからなくなっちゃう。
そういう話をよくしていたので、その辺からあやさんが想像されたのだと思います。
――左遷されたプロデューサー村井(岡部たかし)は多面性が魅力的ですが、登場したての頃は露骨なセクハラ・パワハラ発言がひどかったですね。みんなの前で恵那を「ババァ」「更年期」呼ばわりして。

回を追うごとに、視聴者に村井ファンが増えていった(C)カンテレ
佐野:あのセクハラ発言をどうするかという議論もあったんですよ。
このドラマは多種多様なおじさんが出てくるので、「おじさん百花繚乱」とあやさんは言っているのですが、セクハラ発言を残すかどうかの議論になったとき、あやさんは「おじさん達の抱える欲望を肯定はできないけど、『そういう欲望がある』こと自体は、ないことにしないほうがいい」と言っていて。
本当はあってはいけないけど、「芸術や文化は、欲望とか悪を受容するものだから」と。落語にもしょうもない男たちがいっぱい出てくるじゃないですか。
私自身は、そんなヤツらは全員排除したいと思っていますが(笑)、あやさんは「(欲望や悪を)ないように描いても、実際になくなるわけではないから」という考え方だったので、そのあたりは議論がありました。
――実際に、テレビの現場ではあんなセクハラ発言があるのでしょうか。
佐野:密室だったらあるかもしれませんね。村井がある意味まだマシなのは、オープンな場でああいう発言をすることで、それは少なくとも今は、現実にはいないと思います。そのかわり、例えば密室など姿を変えてあるところにはある。より陰湿に狡猾になっている気もします。
もう一つ、村井のセクハラ発言を残すことで、ファンタジーというか、ものすごく昔のドラマっぽく思われるのは嫌だという思いも私にはありました。ドラマの設定である2018年当時でも、あんなにオープンに言う人は、良い意味でも悪い意味でもいないから。
あと、ブスとか更年期という発言があるだけで、チャンネルを変える人がいるという恐れもプロデューサーとしてはありました。でも、それはあやさんに一蹴されましたね。
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佐野亜裕美さん
セクハラに限らず、『エルピス』は社会の、そしてテレビ局の暗部を描きつくします。政治家や警察を恐れて「後追い報道」しかせず、正義感を持った者は痛い目にあう。よくこのドラマが通ったな……と驚きます。
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<文/田幸和歌子>