放送中止のドラマ『幸色のワンルーム』は、そんなに危険な話なのか?
テレビ朝日が、6月18日に放送中止を発表したドラマ『幸色(さちいろ)のワンルーム』。7月から放送する予定だったのが、「誘拐を美化している」などの批判が寄せられたために、異例の中止を決定したのです。一方、制作した大阪・朝日放送(ABC)では7月から予定通り放送します。
ドラマの原作は、「はくり」さんによる同名漫画で、2017年2月から無料漫画サイト「ガンガンpixiv」で連載されて大きな話題を呼びました。累計閲覧数は2億回を突破し、コミックス1~4巻は累計75万部とか。
実は、漫画自体もネットで賛否両論だったのですが、それほど危険な作品なのでしょうか?
少女漫画マイスターで『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』著者である和久井香菜子さんに、漫画を全巻読んで批評してもらいました(以下、和久井さんの寄稿)。
まず、『幸色のワンルーム』は、どんなお話なのでしょうか。
【以下、軽くネタバレを含みます】
中学2年生の×××は“お兄さん”に“誘拐”されて、彼の部屋に住んでいます。彼女は実の両親から虐待を受け、学校ではいじめられていて、全身生傷だらけ。×××はお兄さんに新しく「幸(さち)」という名前をつけてもらい、2人はかけがえのないパートナーとして暮らし始めます。
そうしてストーリーが進むごとに、お兄さんと幸の過去や、彼らがどんな闇を抱えているのかが少しずつ明かされていくのです。
作品に対して批判的なコメントを読んでみると、「実際にあった、ある誘拐監禁事件をモデルにしている」(作者は否定)、「被害者が幸せを感じるのは、誘拐を美化している」という点が批判の的のようです。
一方で擁護派は、「フィクションで、実際の事件とは関係ない」「ちゃんと読めば誘拐を美化などしていない」と反論。ネット上では今も議論が続いています。
作品を読んでみると、ストーリーのテーマは「孤独」や「自分の居場所」といったとても現代らしいもので、決して誘拐そのものではないことがわかります。
そもそも、この話は「誘拐」とは言い難いのです。
第1巻の冒頭からすでに「ワンルーム」に2人がいる場面で、「誘拐した」という言葉が使われてはいますが、その経緯はずっと明かされません。第4巻でようやく、お兄さんが幸を「誘拐」する場面が再現されます。それはこんな場面です――。
人生に絶望した幸が、川に身を投げて自殺をしようとしたところを見かけたお兄さんは、幸に声をかけます。「僕は君のストーカーだ」「家庭のことも学校のこともなんとなく察してる」「だから、死なれるくらいなら君を誘拐しようと思う」と言って手を差し伸べます。すると、お兄さんの予想に反して幸は「本当ですか!!」と満面の笑みを見せます。「じゃあ、私のこと助けてくれるんですね!!」と。
お兄さんは幸になにかを強要することも、脅して言うことを聞かせることも、自由を奪うこともしません。つまり冒頭でお兄さんが「誘拐」と言っているのは、単なるレトリックとして、この単語を使っているだけなのです。2人のセリフから「誘拐」という言葉を消すと、外を堂々と歩けないこと以外、誘拐要素はひとつもありません。誘拐というよりは「逃亡」に近い。
作品を分解すると「誘拐された女の子が幸せそうなのはなぜ?」というギャップで読者の興味を引き、2人が想い合うさまを描いたあとには、2人の関係の障壁として「誘拐」という設定が使われていると言えます。
『幸色のワンルーム』の何が批判されているのか

そもそも「誘拐」してないことが第4巻でわかる
