「表向きは明るい」からこそ際立つ「裏に秘めた暗い感情」

映画『怪物』公式サイトより
安藤サクラは演じられる役が幅広い。その中でも個人的に特に好きなのが、やはり最近の「気の良いお姉さん」的なキャラクターだ。『怪物』では息子と「歳の離れた友達」のような接し方をしているシングルマザーであったし、『DESTINY 鎌倉ものがたり』では「っすよ~」という口調で話す様がひたすらに愛らしかったりもした。
だが、そうした「表向きは明るい」キャラクターは、だからこその「裏に秘めた暗い感情」が際立って切実に感じられることも多い。安藤サクラはそれを最大級に表現できる俳優だと思い知った。
例えば、『怪物』での安藤サクラは息子への愛情があるがゆえの、「不安で押しつぶされそうになる」「信じられないことを口にする者への怒り」の表現が凄まじかった。
『ある男』ではやや繊細な役柄だが、夫となる男とクスクスと笑い合う様があまりにささやかであったからこそ、彼が「不在」であることの哀しさをずっと背負い続ける表現にも圧倒された。
今回の『BAD LANDS バッド・ランズ』の主人公は、前述したように重い事実をサラッと語ったり、どんな異常事態でも動じないクールさがあり、「こうして生きてきた人なんだ」という説得力もある。
それらを安藤サクラらしい堂々とした佇まいと口調で示しつつ、それだけではない「焦り」や「絶望」、はたまた「屈しない心」をも、繊細な演技で表現していた。
なお、原田眞人監督は「安藤サクラは『生きにくい』を『生き抜く』ネリーの魂の綱渡りを、橋岡ネリとして、美しく哀しく愛おしく舞ってくれました。世界の主演女優賞を全て差し上げたい名演です」と、最大級の賛辞を送っている。
劇中の彼女がなぜ「美しく哀しく愛おしく舞った」と言えるのか、それはクライマックスで、はっきりとわかるはずだ。
なお、もうひとりの主人公である、山田涼介演じる弟のキャラクターは、原田眞人監督いわく「沖田総司が現代に甦ったらこうなるのではないか」がコンセプトらしい。なるほど、数多くの創作物の中での沖田総司は、朗らかな性格かつ美青年という印象が強く、その時点で山田涼介はぴったりだ。
劇中の山田涼介は自身をサイコパスだと言い放ち、その言葉通りの危うさや狂気を確かに感じさせるものの、やはり「やんちゃ」「放っておけない」ようなキュートさがあるし、その言葉の端々からは姉を心から慕っていることもよくわかる。
だからこそ、迷惑だと思いつつも、彼を見捨てられない姉の安藤サクラに感情移入できる、絶妙なキャラクターおよび演技だったと思う。
下世話な言い方をすれば、「口ではなんだかんだと言いつつも弟思いなお姉ちゃんの安藤サクラ」が、これ以上なく魅力的に映っている映画でもあるのだ。
そんな2人が逃げ場のない過酷な状況に追いやられる様は良い意味でツラくもあるのだが、だからこそお互いへの愛情が強いものに見える。そんな切実なドラマも含め、ぜひ楽しんでほしい。
<文/ヒナタカ>
ヒナタカ
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:
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