結婚前、ふたりで電車に乗っているとき、目の前にいた赤ちゃんが彼の手をとって離さないことがあった。彼は好きなようにさせながら、「かわいいよね」と言ったはずだ。
「赤ちゃんはかわいいと思うよ。だけど自分が子どもをもつかどうかは別の話じゃん、と。
いやいや、それはおかしいでしょという話になって。結婚するということは、子どもが生まれてもいいということじゃないの? と私は頭がこんがらがっていきました」
結婚は家庭をもつこと、イコール当然のこととして子どもを受け入れることだと、アカリさんは認識していたのだ。だが、夫はまったく別の考え方をしていた。

夫の真意を知って、アカリさんは戸惑(とまど)い、悩んだ。子どもを持たない結婚生活を送り続ける気持ちはなかったからだ。
もちろん、子どもができないことはあり得る。だが、できないことと、できるかどうかわからないけれど最初から持たないと決めることとは意味が違う。
「夫を説得したんです。ごく普通に妊娠したら、それを受け入れたい。私は子どもがいる家庭を望んでいる、と。でも夫は子どもはいらないの一点張り。どうしていらないのかと言ったら、『自分の人生が阻害されるから』って。ショックでしたね、あの言葉が」
きみもてっきり子どもを望んでいないと思っていた。夫はぽつりとつぶやいた。そういえば、アカリさんは彼とつきあっているとき、子どものいる女友だちが愚痴っていると話したことがあった。だがそれは、あくまでも友だちの話。自分が子どもはいらないと言った記憶はない。