「その時、近くに立っていた親子連れの5歳ぐらいの男の子が、例のブランドバッグをじっと見つめながら『ママ、あのカバンも疲れちゃったの?』とお母さんに聞いたんですよね」
すると優先席の女性はハッとした表情で顔を上げると、初めて周囲の視線が自分へ集まっていることに気づいたようでした。スマホを持つ手が止まり、さっきまで余裕そうだった表情もみるみる硬くなっていったそう。

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恥ずかしさと居心地の悪さ、そして思わぬひと言を向けられた怒りが入り混じったような表情を浮かべると、女性はブランドバッグを乱暴につかみ、そのまま立ち上がりました。
「ですが、妊婦さんへ『どうぞ』と席を譲ることも、『すみません』とひと言謝ることもありませんでした」
女性は周囲を見渡すことなく、そのまま足早に隣の車両へ移って行ってしまったそう。
「そして、立っていた妊婦さんが空いた席に腰を下ろすと、男の子に向かって優しく微笑みながら『ありがとう。助かりました』とお礼を言ったんですよ」
すると男の子は少し照れくさそうに笑い、近くにいた男の子のお母さんも、妊婦さんに会釈を返していたそう。
張り詰めていた車内の空気は、そのやり取りをきっかけに少しずつ柔らかくなり、周囲にもほっとしたような表情が広がっていきました。
「相手の非を責める言葉ではなく、子どもの素直な一言だったからこそ、ブランドバッグの女性も何も言い返せなかったのかもしれません。男の子のお陰で、車内の雰囲気が一気にほんわかしたのが忘れられないんですよね」
眞子さんは、ほんの少しでも相手を思いやる気持ちがあれば、あんな空気にはならなかったのでは? と振り返ります。
「公共の場は、自分ひとりだけが利用しているわけではありませんよね。だからこそ、自分にとっては何気ない行動でも、周囲には大きな違和感として映ることがあるんだなと改めて気付かされました」
「そして大人が言えなかったことを、子どもが何気ないひと言で伝えてくれることもあるんですね」と微笑む眞子さんなのでした。
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<文・イラスト/鈴木詩子>