石井先生は会の間、ずっと中央のお席で楽しそうにしてらして、最後の挨拶では「世界一の幸せ者です」と叫ぶようにおっしゃっていました。
プロデューサーとして常に冷静で、穏やかな先生。あんなに感情を露にして声を震わせている先生を見たのは、橋田壽賀子先生が亡くなったあとの橋田賞で、「さみしいよ!」と壇上で橋田先生に呼びかけたときしか、私は知りません。
母校・早稲田大学には「テレビ論」の授業がありまして。授業の中でテレビの歴史を紐解くと、参考の本を読むと、母校の施設である演劇博物館に行くと、いつも、おふたりの名前・存在がありました。あと鴨下信一さんとか……。
百年生きて、その人生のほとんどを、芸能の世界にささげてきた、その、厚み、重み、歴史。
小柄なお姿に、どれだけのエネルギーを秘めてきて、いったいどれほどの経験が積み重なってきているのでしょうか。壇上の先生に、神々しさすら感じました。でも、最後のお見送りの時間(なんと、参加者全員とお話してくださったのです)でお目にかかると、やっぱりちょっとおちゃめな、いつもの優しい先生だったのでした。

石井ふく子作品の数々。圧巻
生きるとは、ひとつひとつ積み重ねて歩んでいくことであり、その集大成を今見せてもらえるのだ、と、ひたすら圧倒されていました。まあ、こんな風になれる方なんて、本当にひと握りでしょうけれども……。
だって先生、次の作品を作る気満々でしたからね。大学の合格掲示板みたいな長くて大きな作品パネルがロビーに飾られていて、誰もが驚嘆する長いキャリアと、とんでもない量の作品を作ってきて、いまもなお、まだ!
目の当たりにできたことが、心の底から光栄だと思いました。なお、おいしいお食事が出ましたので、ひとつも残さずぺろっといただきました。

風でスカーフが変な写真
本当にたくさんの方がいらしていたので、お話できたのは一部の方のみでしたが。『渡鬼』メンバーのみならず、舞台で共演した方など、久しぶりにお目にかかれてしみじみ嬉しかったです。己の年齢や今やっていることなどをからりとお話しつつ、最後の最後まで会を楽しんで帰りました。
「ママ元気?」と子役時代、現場に連れていってくれていた母のことも気にかけてくださる方がたくさんいて、ありがたかったです。
藤田朋子さんが「親戚の集まりのよう」と表現なさっていましたが、本当にその通りで。
例えば、大谷玲凪ちゃんのことは、彼女が渡鬼に出るちょっと前の、4、5さい……? くらいから知っています。今は結婚して、小さいお子さんがいらっしゃるので、写真を見せてもらいました。
彼女との年齢差的には「おばちゃん」ぐらいのポジションなはずなのに、娘に孫が生まれた「おばあちゃん」のような気分でした。通り越しすぎ。