なぜ真海が女性器形成を選択したのかは説明されていない。真海にとっては女性器の形はコンプレックスであり、そのために何度も傷ついてきたのかもしれない。そう思わせるのは野呂の「どこかにいそう」と思わせる説得力が挙げられる。
とはいえ、「どこかにいそう」と思わせるだけではない。誰かがサッカー台に放置したカゴも一緒に回収してラックに戻すのだろう。商品を選ぶ際にもフードロスを意識して手前の賞味期限の近い商品から選ぶのだろう。そんなシーンは一切描かれていない。それでも、真海が“街にいる優しい人”を想起させ、ついつい感情移入したくなる。
さらには「自分にもその気持ちわかる」と共感させる表現力の高さもすさまじい。
真意は作中で明示されていないが、真海が抱いている葛藤には不思議と既視感を覚え、自分と真海を重ね合わせたくなる。どこかにいそうな、それでいて鬱屈した気持ちを募らせた優しい人が、手術を経て、以前よりもキラキラした表情を見ていると、こちらまで救われた気持ちになった。
真海の登場シーンは他の患者よりも少ない。また、容姿が大きく変わる“劇的ビフォーアフター”があるわけではなく、整形をきっかけに生活が激変したわけでもない。比較的地味な患者ではあったものの、記憶に深く刻まれた要因としてやはり野呂が演じたからこそと言える。