M!LKやCANDY TUNEにも共通する“ドパガキ”仕様
![LOVE ENG!NE [通常盤] [CD] (ビクターエンタテインメント)](https://joshi-spa.jp/wp-content/uploads/2026/10/91CsYZRoaFL._AC_SL1500_-585x585.jpg)
LOVE ENG!NE [通常盤] [CD] (ビクターエンタテインメント)
もっとも、これはMrs.GREEN APPLEに限った話ではありません。バンド音楽以外、たとえばアイドル界隈で言うならばM!LKの「イイじゃん」だとか、CANDY TUNEの「倍倍FIGHT」なども、「ドパガキ」J-POPのわかりやすい例です。
「イイじゃん」では、前半の爽やかなアイドルポップスのパートと、重低音が鳴り響くラップのパートが、何の脈絡もなく並んでいます。まったく異なる二つの表現を一つのまとまりとして、より踏み込んで言うならば、ポップスとラップ、それぞれが退屈しない時間内に圧縮されて、強制的に溶接されているような一曲です。
これも、若年層の刹那的な快楽を満たすための方策であり、音楽的な要請というよりは、むしろ商売上やむを得ない環境が生んだ、結果としての野心作だと言えるでしょう。
「倍倍FIGHT」は、もっと直接的にドーパミンの分泌を促してきます。心臓の鼓動を思わせるドラムのキックがものすごいスピードで打ち鳴らされ続けるからです。
ここに、パチンコで確変が起きたときの電子音による祭り囃子のようなメロディが乗ることによって、一種のトランス状態が生まれる。そして女の子のアイドル特有の、鼻にかかった猫なで声で「ば〜いのばいのファイト〜」と、三三七拍子を模したシュプレヒコールをくり返す。
これも、曲として良いか悪いか、美しいかどうか以上に、ある種の効果を生み出すための要素として音が動員されている構図が浮かび上がるのです。
当然のことながら、Mrs.GREEN APPLEがいけないとか、M!LKやCANDY TUNEが幼いとかの単純な問題ではありません。もしも、このようなよろしくない音楽が人気の時代であることを憂うのであれば、その責任の一端は、先行する世代が積み上げてきた文化にもあるはずだからです。
しかしながら、若者に迎合してこのような音楽を「素晴らしい」と誉めそやして、自らの意に反して放っておくことは、果たして年長者の取るべき態度だと言えるのでしょうか?
確かに、Mrs.GREEN APPLEもM!LKもCANDY TUNEも、若いファンに人気ではありますが、一方で、それは純粋に彼らの力によって生み出された文化であると言えるのでしょうか?
「ドパガキ」音楽は、ファンダムの拡大が最優先となっている音楽ビジネスにおいて、若年層が効率の良い草刈り場になってしまっていることを端的に示している。そのことこそが、深刻な構造的な問題なのです。
<文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter:
@TakayukiIshigu4