「一瞬、死ぬほうがラク?」ドイツ移住後の過酷な2年間
――TBSを退社されてドイツに渡った直後は、どういう日々でしたか?
伊東:暗黒期と呼んでいます(笑)。かなりキツかったですね。その当時は、絵が描けなくなることが怖すぎて、とにかく毎日紙に向き合い。何かを描いていました。でもそれは描かなくちゃ生きていけないという切迫感で描いているから破り捨てることも多かったけれど、とにかく数を描いていました。やがて描けるようになるまで待とうという気持ちになっていったので、あの当時の焦りみたいな感情は今はもうないですね。
――そもそもなぜドイツを選んだのですか?
伊東:わからないです(笑)。行ったことがない国に行きたかったんですかね。アナウンサーを辞めると決めた時、自分がリセットでゼロになるイメージだったんです。今までのことが全部なくなるみたいな。だったら、わたしのことを誰も知らない、言語も通じない、行ったことがなくて、その先に何が待っているか予想もできない国に行こうと思ったんです。イギリスと迷ったんですけど、ドイツにして結果的に苦労しました(苦笑)。
――絵に対する焦りや異国の地での生活で暗黒期だったわけですね。
伊東:貯金がどんどん減っていくので、荒んで荒んで大変でした。いきなり移住したので仕事もないですし、誰もわたしのことを知らないですし。2年間くらいツラかったです。ここまで言うべきかわからないですが、一瞬「死ぬほうがラク?」と思うレベルまで荒みました。ドイツは11月くらいから冬で、日照時間も短く、15時30分くらいから暗いんです。仕事も決まらず、ひとりでどうしよう、どうしようと。
でも、逃げ帰ることだけはできないという、変なプライドだけあって。友だちにもTBSでお世話になった人にも、自分が今ツラいことを誰にも言えなくて。家族にも言えず、ひとりで耐え抜くしかなかったんです。気を使わせることも嫌いで、心配もさせたくない。となると、遮断に入ってしまう。なんとかしないとやばいということで、ユニクロに飛び込むんです。
数百万円のオファーも断った。「中途半端なことが好きじゃない」
――それがあのTシャツなんですね。
伊東:メールをしてアポが取れて、原画をいっぱい持ってドイツの本社に行きました。ドイツのユニクロの人たちは、「この国では誰もわたしのことを知らないので絵で勝負するしかないけれど、何か一緒にやりましょう」と言ってくださって。白いTシャツにわたしの原画が載ることになりました。これが2023年の1月のことで、ここまでが暗黒期ですね。
――その時は、どういう心境でしたか?
伊東:失うものもないですし、戦うしかないという感じでしたね。自分が逃げ帰ることは嫌というヘンなプライドはあるのに、ダメ元で連絡して足を運び、営業することには何の抵抗も恥ずかしさもないんですよね。
――バイトや別の仕事でつなごうという発想はなかったのでしょうか? インフルエンサーみたいなオファーはありそうですが。
伊東:おっしゃるようにアンバサダーみたいなお仕事の依頼は来ていました。契約金、数百万みたいな。さすがに揺れました(苦笑)。でもそれに手を出すと、わたしのブランディングがブレてしまうなと。本当にありがたいのですが、全部断ってしまいました。自分がやりたくて選んだ道があるのに、中途半端なことをやることが好きじゃなくて。
TBS在職中も「アナウンサーをしながら絵は描けるじゃん」とけっこう言われましたが、それも嫌でしたね。アナウンサーと画家、それぞれ50の熱量でやると、両方成功しないような気がして。初志貫徹でいかなくちゃの一心で、ここまで来てしまいました。
――先立つものがあれば、創作に集中できると思わないタイプだった。
伊東:そうなんです。そうは思わないんですよね。クセが強いのか(笑)。昔から頑固で、両親に「勉強しろ」と言われたこともないんです。「いい大学へ行け、いい会社に就職しろ」とも言われていない。全部自分で選んできたので、そういう頑固さがあったのだと思います。
<取材・文/トキタタカシ 撮影/塚本桃>
トキタタカシ
映画とディズニーを主に追うライター。「映画生活(現ぴあ映画生活)」初代編集長を経てフリーに。故・水野晴郎氏の反戦娯楽作『シベリア超特急』シリーズに造詣が深い。主な出演作に『シベリア超特急5』(05)、『トランスフォーマー/リベンジ』(09)(特典映像「ベイさんとの1日」)などがある。現地取材の際、
インスタグラムにて写真レポートを行うことも。