東大生強制わいせつ事件に着想を得た小説『彼女は頭が悪いから』著者・姫野カオルコが語る“嫌な気持ち”とは…
姫野カオルコさんの最新刊『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋)が大きな話題となっています。
この小説のモチーフとなったのは、2016年に起きた「東大生強制わいせつ事件」。サークル仲間の5人の東大生が女子大生を酔わせ全裸にし、胸を触ったり殴る蹴るの暴行を加え、さらにはドライヤーの熱を陰部に当てたるなどして辱めた、あの事件です。
幼稚で卑劣で残虐な犯行、それを行ったのが東京大学の学生ということで、事件は大きな注目を集め、そして……被害者の女子大生は「東大生を陥れた勘違い女」として世間からバッシングを受けました。
この事件に何より「違和感」を抱いたという姫野さん。伝えられている事実のみを大きな骨組みに、ひとつの「青春小説」として本書を書きあげました。
主人公の一人は、横浜市郊外のごくごく平凡な家庭に生まれ育ち、女子大に進学した神立美咲。そしてもう一人は渋谷区広尾在住、官僚の父と専業主婦の母のもとに育ち、国立付属高校から東京大学理科Ⅰ類に進学した男子学生・竹内つばさ。
この2人がたまたま出会い、確かに「恋」と呼べるようなものがあったにもかかわらず、物語は事件へと進んでいきます。
どんな悲劇が美咲を襲うのかを知ったうえで、鼻持ちならないエリート東大生に憤りを感じつつ読み進めると、徐々に自分の中で膨らんでいくモヤモヤ感――。姫野さんはこの小説を、「ミラー小説」と称します。その真意を伺いました。
――まずは、“あの事件”の印象からお聞かせください。
姫野:「東大生強制わいせつ事件」のことを知ったのは、ラジオから流れる短いニュースでした。学生のグループが少数の女性に性的な嫌がらせをするという事件は過去にもいくつかありました。でも、この事件は何かが違うと思いました。
それで、週刊誌のより詳しい記事を読んだり、事件を取材した記者さんを紹介してもらったり、裁判の傍聴にも通いました。でも、それは「なんで、そんなことが起こったんだろう?」というのが知りたかっただけで、これを小説にしようという考えはその時点ではまったくありませんでした。
――「小説にしよう」と思ったきっかけはなんだったんですか?
姫野:1970年代の田舎ののどかな高校生を主人公にした短編を「オール讀物」に書いたことです。
青春時代って、光と影――明るく楽しいキラキラした部分と自意識が肥大した気持ちの悪い部分で構成されていますよね。光の面ではなく、あのような事件を起こしうる自意識がドロドロした時代、影の部分に自分の気持ちが向いていったのです。
――美咲やつばさ、登場人物一人ひとりの生い立ちや環境がとても緻密に描かれていて、その言動のリアリティが物語だとうっかり忘れてしまうほどで。
姫野:まず、取材をしました。取材というのは、実際の事件のことではなく、今の若者や学校についてです。自分ではついこの前のような気がしていても、私がテストを受け部活をし、友だちと話していたあの頃から、ずいぶん時間がたっている。
今の高校生はどんな勉強をしているのか? 歴史の教科書はまだ山川(出版社)なのか? 世界史の問題集を買って解いてみたりもしましたし、予備校に行って偏差値について調べたりもしました。小説とは全然、関係がないんだけれど、実際にやってみないと、当時、迷っていたこと、悩んでいたことに気持ちが向いていかなかったので。
若者のダークな部分に意識がいったときに、じゃあ、こう書こうって、すぐに書けるわけではない。創作というのは妊娠のようなもので、まず受精をして産み月になって生まれてくるまでにだんだんと育っていくもので。
――取材をして、どんな発見がありましたか?
姫野:自分が高校生だったときと今とでは、全然ちがいました。私は滋賀県出身ですが、私立高校の数自体少なかったですし、塾に行く子は京大を目指すような子たちだけ。受験直前まで平和堂というスーパーの中にあるおそば屋さんでバイトしていたりしてましたから。でも、今は母校近くに塾ができ、いたるところで大手予備校の看板やポスターを見るようになりました。
次第に高校生や大学生の自意識というものは、学校の成績や受験して入った大学、体育や部活での活躍、そうしたことが非常に大きなウエイトを占めていることがわかってきました。そんな自意識がどんどんと大きくなっていく中で、こうした事件も起こりえるであろうと思ったのです。
これは「ミラー小説」だとする著者・姫野カオルコさんにきく
