「なんだか様子がおかしいなとは思っていたんですよ」
夫失踪の数日前から、いや、実はその数ヶ月前から異変に気づいていたというのは、キヨコさん(仮名・45歳)だ。そしてある日、キヨコさんが帰宅すると、夫は身の回りのものとともに消えていた。1年前の話である。
「女だなと思いました。5歳年上の夫はマジメな人で、それまで浮気のひとつもしたことがなかった。お酒もタバコもやらず、唯一の楽しみは家族でドライブすること。そういう人だったんです」
そういう人が出て行ったのだから、相手の女性に本気になったか、もしくは突然の狂い咲きか、どちらかだろうとキヨコさんは思った。
結婚したのは友だちの紹介で、結婚式まで夫は彼女に手を触れようともしなかった。結婚生活は平穏で、17年間、ケンカひとつしたことがない。キヨコさんがケンカをふっかけても夫は乗ってこなかったのだ。
「おもしろみはないけど、いい人。息子と娘も父親が大好きで、伸び伸び育ちました。
そんな夫が突然消えたので、子どもたちのことが心配でした。だから私は、お父さんは急な出張でしばらく帰ってこないと言ったんです。当時、ちょうど夫が部署を変わったばかりだったのが功を奏したという感じですね」
キヨコさんは、あわてる気も騒ぐ気もなかった。本気で恋をしたなら、いつか離婚の申し出をしてくるだろうし、飽きたなら帰ってくるだろうと思っていたからだ。

1週間ほどたったとき、帰宅すると家の中の様子がおかしい。夫が帰ってきた気配があった。クローゼットをのぞくと夫の衣服が何着かなくなっていた。どうやら洋服を取りにきたようだった。
「1週間もたつと子どもたちが、『お父さん、まだ帰ってこないの?』と言うようになる。お父さんは海外出張であと何ヶ月か帰ってこないと言うしかありませんでした」
キヨコさん自身は、夫にはまったく連絡をとっていない。ひたすら夫の出方を待っていた。
さらに1週間、連絡はなかった。会社から連絡がないということは夫は会社には行っている、そして相手は社内の女性だろうとキヨコさんは感じていた。
失踪から3週間たったとき、夫はなにも言わずに戻ってきた。土曜日の昼間、子どもたちが部活で留守にしているのをわかっていて、突然現れたのだ。

「お帰りって言っていいの?と私が聞くと、夫は黙ってうなずきました。心配かけたな、と言うので、『別に心配なんてしてないけど』と。捜索願いも出してないし、夫や私の親きょうだいにも話していなかったので(笑)。そう言うと、夫は少しがっかりしたようでした。
若い女性に恋でもしたのねと言ったら、『恋じゃない。騙(だま)されただけだ』って。何があったかなんて聞きませんよ。夫は聞いてほしそうだったけど、結局、彼は甘えているんですよね。夫がいなくなったからって、私は大騒ぎするような女じゃないってわからなかったのかしら」
その後、彼女の推測通り、相手は社内の30歳の女性だとわかった。その彼女が家にまで押しかけてきたので、キヨコさんは「訴えるわよ」と一喝して追い払った。
あれから1年、夫はキヨコさんの顔色をうかがうように生活している。そしてキヨコさんは、子どもたちの成長を見ながら離婚のタイミングをはかっているのだという。
<文/亀山早苗>
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