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EXILE・HIROがコロナ禍で史上最大オーディション『iCON Z』を開催するワケ

 LDH史上最大規模のオーディション「iCON Z~Dreams For Childre~」(以下、「iCON Z」)に独占密着する番組『~夢のオーディションバラエティー~Dreamer Z』(以下、『Dreamer Z』)が、現在テレビ東京で毎週日曜日21時より放送されている。 【画像をすべて見る】⇒画像をタップすると次の画像が見られます
『~夢のオーディションバラエティー~Dreamer Z』より(提供:テレビ東京)

『~夢のオーディションバラエティー~Dreamer Z』より(提供:テレビ東京)以下同じ

 コロナ禍での「若い世代のみなさんの力になりたい」というHIROの想いを体現した本オーディション。  今回は、「LDH」と「イケメン」をこよなく愛し、本番組の収録にも立ち合った筆者・加賀谷健が、LDHとオーディションとの密接な関係性を紐解く。

LDHオーディションの歴史

 LDHとオーディションとの関係性を考えるには、まず約20年前、1999年まで遡る必要がある。この年、ダンス&ヴォーカルユニット「ZOO」のメンバーだったHIROがMATSU、USA、MAKIDAI、SASAをメンバーに「J Soul Brothers」を結成。しかし2001年、ボーカルSASAの脱退にともない、新たにヴォーカルを探すことに。  そんなタイミングでHIROが思い出したのが、テレビ東京の伝説的オーディション番組『ASAYAN』の2000年9月の放送回だった。そこで惜しくも落選したのが、後のカリスマボーカリストATSUSHIだったという奇跡。  HIROはATSUSHIとSHUNを新ボーカルに迎え、2001年、J Soul Brothersから「流浪者」を意味する「EXILE」にグループ名を改名し、メジャーデビューを果たす。2002年には、メンバーたちで資金を出し合って「有限会社エグザイルエンタテイメント」(現在の株式会社LDH JAPAN)を設立している。  2003年には3rdアルバム『EXILE ENTERTAINMENT』で初のミリオンセラーを達成したEXILEであったが、2006年、SHUNの脱退によってツインヴォーカルの一枠を補充することになり、開催されたのが「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION」だった。第1次オーディションからメンバー全員が全国を回りながら直接審査に臨み、1万3000人の観客を前に行なわれた武道館最終審査で、6人の候補者からTAKAHIROが選ばれた。  その後、LDHは15年間で、11回ものオーディションを開催。10月24日(日)『Dreamer Z』初回放送でHIROは「LDHとオーディションとは切っても切れない関係」と述べ、原点回帰しながらコロナ禍での史上最大規模のオーディション開催に踏み切ったのだった。

「夢を叶えようと思っていた人」から「夢を与える側」に

登坂広臣

登坂広臣

「iCON Z」には、そんなHIROのオーディションに対する並々ならぬ熱意と責任感が注がれている。テレビ東京による独占密着取材初日には、総合プロデューサーであるHIROの下、「EXILE TRIBE新グループプロジェクトリーダー」のEXILE AKIRA、「男性ソロアーティスト」部門担当のEXILE SHOKICHI、「ガールズグループ」部門担当の登坂広臣ら3人のプロデューサーが招集され、HIROが自身の想いを入魂しながら、各プロデューサーから情熱的な意気込みを引き出していった。  なかでも登坂のコメントが非常に印象的だった。「このオーディションが決まっていろいろ振り返って 考えてたんですけど 本当に夢がある話だと思うんです(オーディションを)受けていた人が時を経て 夢を叶えようと思っていた人が夢を与える側になれたっていうか」と語る登坂が思い返していたのは、オーディションに挑んでいた頃の自分の姿だった。  「夢を叶えようと思っていた人」から「夢を与える側」となった登坂は、いったいどのようにしてオーディションを勝ち進んでいったのだろうか?
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登坂広臣が振り返る過酷なオーディション体験
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