手袋を糸口に、記憶がイメージと感情を伴って飛び出た
手袋を片方なくしたことをきっかけに、過去の自分の手袋遍歴について思い返してみることにしました。そうしたところ、面白いように手袋をしていたときの情況が脳裡に浮かび上がってきました。
このスエードの前に使っていた手袋は、ヨウジヤマモトの袖口が手袋になったウールジャージーのトップスの手袋部分だけ切り離して、自分で手の入り口をかがったものでした。袖口が手袋だと、手を洗うときにいちいち濡れるので、切り離して使っていたのです。カーキ色で、薄くて使いやすく、気に入っていましたが、これも途中で片方だけ紛失。
それより前の学生時代には、黒いコートにあわせて黒いカシミヤのシンプルな手袋を使っていたこと、そしてその手袋をして、いつも人がほとんどいない武蔵野線の新小平駅のホームで電車を待っていたことなどを鮮明に思い出しました。

手袋には過去の記憶が記録されている
高校生のころの手の入り口に白い模様編みが施されていた、口紅のような深いバラ色のニットの手袋で、学校近くのバス停でなかなか来ないバスを待っていた記憶、中学生のころのクリーム色のニットの五本指手袋をして紅葉坂にある県立青少年センターで演劇部の発表を行った記憶、そして小学生のころの手の甲のところにお花の刺繍がしてあったニットの白いミトンをスキー場に行く途中の車の中でこすり合わせたら、静電気がバチバチした記憶など、手袋を糸口にして、次々と過去の記憶がイメージと感情を伴って飛び出てきました。
手袋選びは慎重にしなければなりません。なぜなら、その手袋は過去の記憶が記録されたソフトな記憶媒体となってしまうからです。それはモノとして朽ちてもなお、私たちの記憶を保持し続けます。
そこで私は新しい手袋を買うのに、素材、色、手指が出ているほうがいいか出ていないほうがいいか、どこで、誰から買うかなど、2か月にわたり検討し続けました。

香川県のメーカー「江本手袋」で生産されているウールの手袋
検討している間にわかったのは、日本の主要な手袋の産地は香川県で、明治時代から生産されているということ、手袋メーカーが数社あり、それぞれ独自のデザインで生産しているということでした。どうせなら、そういったメーカーから買おうということで、あれこれ悩み、最終的には色と素材を優先し、過去使っていて一番使いやすかったのと同じウールジャージー素材のごくシンプルな手袋を買うことにしました。