「ユーチューバーに憧れる息子」に父親が抱く嫌悪感の正体。49歳俳優が演じる普通の人とは
朝井リョウの同名小説を映画化した『正欲』が2023年11月10日から公開中だ。
同作は第36回東京国際映画祭でコンペティション部門に出品され、最優秀監督賞および観客賞を受賞している。
結論から申し上げれば、映画『正欲』は「観る前の自分には戻れない」というキャッチコピーが伊達ではない衝撃作だった。特に、後述する理由で、安易に「多様性」という言葉を使えなくなる人は多いのではないか。
5人の主要キャラクターの思惑が交差する群像劇でもあり、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香それぞれが「この人は本当にこの世にいる」と思えるほど、実在感のあるキャラクターに扮していることも見逃せない。
そして、ここでは稲垣吾郎を推したい。稲垣吾郎その人の「らしさ」も最大限に活かした、「普通の人だからこそ共感する上に、良い意味での恐怖も覚える」キャラクターを完璧に演じ切っていたからだ。作品の特徴と合わせて、その理由を記していこう。
稲垣吾郎演じる検事・寺井啓喜の悩みは、小学生の息子が不登校になっていること。しかも、同じく不登校であるインフルエンサーの動画に触発され、自分も動画投稿をしてみたいと相談を持ちかけてくるのだ。
息子の動画配信を、彼は断固として反対するわけではない。一応は息子や妻の気持ちを尊重して、無理に学校に行けとは言わず、ひとまずやりたいようにやらせている。
その一方では、内心では息子に早く学校に通えるようになってほしいとも願っている。その親心は多くの人が共感しやすいものだろうし、なるほど彼は極めて普通の人だと思えるだろう。
だが、彼が検事という人を裁く仕事に就いていることもあってか、その「普通を至善とする」価値観はやがて危ういものにも見えてくる。
原作小説に「様々な犯罪加害者を見てきた経験から、社会のルートから一度外れた人間の転落の速さを知っており、もどかしい気持ちを抱いていた」という記述もあるように、彼は幼い息子がYouTuberを目指して「普通のルートから外れる」ことを恐れている、いや確実に嫌悪感をつのらせているとも言えるのだ。
「観る前の自分には戻れない」は本当だった

「普通のルートから外れる」ことを恐れる役柄
