
岸田繁さん
画像:株式会社大村屋 プレスリリースより
一方、改めてビクターの声明を読み返すと、こちらにも重要な文言が記されています。それは、「編曲に関する許諾手続きに不備」という文言です。この「不備」という言葉に、今回の問題を読み解くヒントがあるのだと思います。
では、「編曲に関する許諾手続き」とはどういうことをするのでしょうか?
JASRACのホームページには、<編曲にあたっては「編曲権」の許諾とあわせて、著作者人格権の「同一性保持権」にも配慮する必要があります。JASRACでは「編曲権」と「同一性保持権」はお預かりしていないため、編曲や替歌などに対して許諾することはできません。編曲に関する許諾は、著作者または音楽出版社などの権利者に行っていただいております>と記されています。
ここで大事になるのは、「著作者人格権の『同一性保持権』」というワードです。今回の「崖の上のポニョ」で言うと、作曲、編曲を手掛けた久石譲氏が、岸田繁氏の新たなアレンジに対する「著作者人格権」を主張する権利を持っている人物になります。
つまり、久石氏の意に反する形で、楽曲上の変更や切除、その他の改変を受けない権利が法律上守られているということなのですね。
楽曲は、作曲や編曲を含めて、全体としてその作者の思想や人格を反映しているものだから、その作者の意図するものを侵害し得る行為に対しては、著作者は異議申し立てをする権利があるのです。
以上を踏まえて、ビクターが言う「編曲に関する許諾手続きに不備」とはどういう状況なのかを推察してみましょう。

久石譲さん
画像:ネットマーブルジャパン株式会社 プレスリリースより
まず、現場(岸田氏とアルバム制作陣)において何ら問題がある様子はうかがえません。それは、岸田氏の<私の作品を活かすための代替案まで提示してくれました>という、レコード会社とプロデューサーへの謝辞からも読み取れます。
となると、「手続きの不備」とは、著作者人格権の同一性保持権に関わることであったと理解するのが自然です。それこそが、岸田氏の言う<極めて限定された権限のもとで下される最終判断>の正体だったのでしょう。
当然のことながら、これは岸田氏も悪くないし、プロデューサーも悪くないし、なんなら「極めて限定された権限」を持つ人物が悪いわけでもありません。
しかし、ジブリの音楽に関して最後に然るべきチェックを通過しなければならないシステムがあるのであれば、その最高決定機関も現場で共同作業をする形を取るより他になかったのではないでしょうか?
もっとも、それが“トリビュート”と呼べるかどうかは別の問題なのですが。
<文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter:
@TakayukiIshigu4