
娘さんと
――今回の写真集を出された理由のひとつには、子離れもあったそうですね。それぞれの生活が始まったことが後押しにもなったとか。
そうですね。娘が23歳になりまして、もう家を出ています。今は医師になるためのメディカルスクールで勉強をしているのですが、ブレずに彼女がその道を行くことが見えたので、わたしが写真集を出してもいいのかなと(笑)。
――子育ては、どのような方針でされましたか?
武田:世の中に迷惑をかけてはいけないことなど常識的なことは、とても厳しく咎めていたと思います。ただ、彼女もバレエとフィギュアスケートでかなり忙しくしていたので、そもそも道を外れるようなヒマはなかったですかね。
なるべく個人を尊重しつつ、自分が親にしてもらってよかったことを、そのまま娘にもしてあげて。その反対にわたしが嫌だなと思ったことは娘にもしないようにしようと。
――どのようなご両親だったのですか?
武田:基本的には、何でも自由に好きにやらせてくれた親でした。だからわたしが親になっても、子どもがやりたいことを何でも好きにやらせてあげようと。食べもの、着るもの、ほしいものは全部与えてもらったので、わたしもできる限り、娘に同じことをしましたね。
その反面、嫌だったことは、わりと母が世間体を気にする親だったので、「みんなと同じようにしなさい」という方針だったんですよね。わたしは子どもながらに「みんなって何?」と思っていました。そういう意味では、娘には自由にさせました。
――一緒に映っている素敵なお写真も拝見しましたが、どのような関係ですか?
武田:一緒に買いものに行ったり、飲みに行ったり、そういうのは楽しいですね。女同士なので、娘を持ってよかったなと思います。今を楽しんでいます。
ただ、お母さんとかマアムと呼ばずに久美子って呼んでくるんですよ。どんなに直すように言っても、そこだけは直らなかった。娘の友だちもみんな久美子って呼ぶんです。でも、わたしも仲間に入れてもらっています(笑)。

『Sango』(講談社)
――来年で芸能活動45周年となりますが、ここまでどのような期間でしたか?
武田:数えたことはないですけどね(笑)。日本にいて毎日仕事しているわけでもないですし、歌手の方とかならまだしも、わたしには当てはまらないと思う。もともと子役モデルからのスタートなので、振り返ると長いんですよね。実は6歳くらいからはじめていて、頻繁に仕事を始めたのが8歳なので、あまり何周年とは考えていないですね。
――今回は写真集を出されましたが、どのお仕事が好きですか?
武田:自分では俳優・タレントの意識が強いですが、写真集の仕事は好きです。向いているとも思います。もともとちびっこモデル上がりで、写真から仕事の世界に入ったからかなとも思います。たとえばわたしは映画でデビューをしていますが、本当にラッキーに選ばれていました。女優志望などということを考える前の若い頃でしたから。
なので、演劇学校に通ったということもなかったのですが、写真だけは肌で覚えたというか、6歳からカメラの前に立っていたので、一番自分で覚えた感じがあります。写真に撮られることはやっていても得意に感じることなので楽しいですし、誰かに撮られ方を習ったこともないんです。