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37歳・元『渡鬼』子役、「他人も自分もアラ探しばかり」で苦しんだ日々。自己嫌悪の闇から“欠点を強みとして料理できるまで”

自分へのアラ探しは際限なくやってしまう

「あのときは、こうすべきだったんじゃないの?」 「どうしてできないの?」 「大人らしいふるまいができないなんて、その年齢で常識知らずだと思われたんじゃない?」 「この服装はTPOにふさわしくなかったんじゃない? 太って見えたんじゃない?」 etcetc……。  何しろ脳内で繰り広げられることなので、歯止めが効きません。最近だとインタビューを受けたときに、調子こいて喋りすぎたんじゃないか、とか、人の相談に乗ったとき上から目線ではなかったか? タオルハンカチではなく、アイロンのかかったハンカチを持つべきだったのではないか、など……。  そうそう、引き出しの中でごま油を倒して、中身「すべて」をごまの香りにしてしまったときは、もうごま油がたっぷたぷの引き出しに頭を突っ込んで、アーユルヴェーダしてやろうかと思いましたね(※アーユルヴェーダでは油を使った施術がある)。  なぜ蓋をきちんと閉めたか確認してからしまわないのか。1年半前にしょうゆで同じことをしているというのに。だいぶ泣きそうでした。  自分のことですから、思う存分に責めてしまうし、できないことにイライラしてしまうし、何よりつらい。ごま油がびんに戻ってくれるわけじゃないですしね。最近は、自分を脳内で責め続けてしまう場合は、ノートに書き殴るようにしています。 しかもまた記憶力が良いのがアダになり、いくらでも反芻できてしまうんですよ。

アラ探しの能力を逆転させたらよいのでは?という、深夜の気づき

これはキャンドルではなく、薪ストーブ

これはキャンドルではなく、薪ストーブ

 ある日、深夜に今までのいろいろな「己のアラ」が思い浮かび、寝つけなくなりました。お気に入りのキャンドルを灯し、揺れる炎を見ながらぼんやりと、  もうやめよう。こんなアラアラしててもしょうがない、魚屋さんじゃあるまいし……。  と、決意しました。  アラ汁を作ったり、アラの煮付けを作ったりするために魚屋さんや鮮魚コーナーでする「アラ探し」なら良いでしょうが、人様のアラはもちろん、己のアラばかりほじくったって自己否定が加速するだけです。
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能力を逆に活かしてみよう
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