ただ、細かいことまで目に入ってしまうのは、私の物事の見方が「映像記憶」である以上、ある程度致し方ない。
伝わるかどうかわかりませんが、「映像記憶」はスクリーンショットを撮るように記憶するやり方でして、子どもはみなこの覚え方だそうです。ただし、成人してもこの記憶法なのはまれなケースだとか。
過去のことを説明するときは、脳内に映像を浮かべて説明します。だから、視覚の印象がより強烈になりがちなんですね。リスニングよりリーディングが得意なタイプ。
とりあえず、私には「人が気づきにくいことに気づく」性質があるらしい。ふむ……なら、アラじゃなくて美点に気づけばいいじゃん! ビジュいいじゃん! と思い立ちました。すぐM!LKさんをねじ込む人。
それからは、アラを見かけたら、それ以上に美点を見つけるように心がけています。テレビ番組や漫画で、ぐいぐい迫る背景を出演者やキャラクターが押し戻す、みたいな表現がありますでしょう? 伝わるかな。あんなイメージで、欠点<美点になるように自分の思考をコントロールしていくんです。
徐々に、お会いした方や取材相手の細かいこだわりや、気遣いにも気づけるようになりました。そして、その気づいたことをお伝えすると、嬉しそうな顔が見られるなんておまけもついてくるように!
飲食の接客バイトではお客様の一挙手一投足を見て判断しなければならないことが多いので、そのあたりをくみ取る力は割と鍛えられていたのかもしれません。通訳なんかもそうかな。

これはアラではなく、福島で食べたハラコ飯
といってもまだまだ試行錯誤中で、毎日頑張っております! 一方、「アラ」に気づくというのも、ある局面ではとても重要です。
例えば、演劇のワークショップ、文章の校正など、「直し」を担当するときには、この「アラを見つける」ほうの能力も役立っています。言い方は気をつける必要がありますけれども。
「アラ」からはいい出汁が出る。
料理次第で、おいしく食べられるものです。
時には自己嫌悪に陥るような欠点も、「うまく料理する」ことが大切なのかもしれませんね。
<文/宇野なおみ>