更新日:2026.10.03 09:04
Entertainment

極秘帰国報道でもくすぶる、Snow Man目黒蓮の“卒業説”。直筆「待っててね」にホッとしつつも、ファンの不安が消えない理由

渡米20年以上で踏ん張って得た栄光

 しかし真田さんのこの栄光は、長年アメリカに根を張り、泥臭く踏ん張り続けた結果だったことは想像に難くありません。  真田さんは2003年公開のトム・クルーズさん主演映画『ラストサムライ』への出演を機に渡米。日本での地位を捨てて活動拠点をアメリカ・ロサンゼルスに移して20年以上ですが、必ずしも順風満帆というわけではなかったのです。  何年も映画出演がなかった時期もありましたし、大作映画に出演しても登場シーンが短かったり、ヒットしたとは言いにくいマイナー映画に出演していたりと、平坦な道のりではなかったはず。  けれど、ストイックかつ地道にアメリカで戦い続け、信頼を勝ち取りながら人脈を築いていったことが、『SHOGUN 将軍』の大ヒットとして結実したのです。
真田広之

真田広之(写真中央)は2024年、『SHOGUN 将軍』で米国エミー賞を日本人初の受賞。授賞式はU-NEXTで日本でも配信された(U-NEXTリリースより)

 仮に真田さんが日米二拠点生活を選択し、日本のドラマや映画に出演しながらアメリカに挑戦するというスタイルだったとしたら、おそらく『SHOGUN 将軍』の主演・プロデュースというビッグチャンスは掴めなかったのではないでしょうか?

昨年、真田広之が語っていた金言

 真田さんは昨年、「アサヒ ザ・ビタリスト」のCM発表会にVTRで登場した際、“人生を豊かにする苦味”についての質問に、こう答えていました。 「特に渡米してからの20年は、それ以前と比べて言葉の壁や文化の違い、偏見もあればときには差別もあり。そのなかで悔しい思いもありましたけど、それが逆に奮起させてくれた」 「(アメリカで)対等に仕事ができるようになりたいと足りないものをとにかく補って、クリアして。その苦みがバネとなっていまの自分を築いてくれたと思うので、やはり甘い世界じゃないなと苦みを味わったことが、自分の人生にとってよかった」  拠点を移したアメリカでの挫折や苦労を糧に、グローバルな栄光を掴むという成功体験を持った日本人俳優・真田広之さんに、もし目黒蓮さんがアドバイスを求めていたり、その生き様や価値観に心酔していたりしたら…?
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ファンをほっとさせた目黒蓮の直筆メッセージ
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