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桑田佳祐の新曲に「デモテープみたい」の声も。大泉洋主演『俺たちの箱根駅伝』が物足りない根本理由

桑田佳祐の個性よりも優先される“わかりやすい感動ストーリー”

 そして、「意外性」の入り込む余地が極めて小さいことは、桑田佳祐の主題歌にも影響を及ぼしているように聞こえます。  箱根駅伝とは、日本テレビにとっての公共事業とも言うべき一大プロジェクトです。そうしたガチガチの縛りがあるなかで、ミュージシャン、ソングライターとしての個性を発揮するよりも、優先されるべきは、放送局とスポンサーの双方を納得させる、わかりやすい感動のストーリーです。    そして、音楽における「わかりやすい感動のストーリー」とは、耳に心地好く、軽快で明るいサウンドと、箱根のランナーや視聴者の背中を押す歌詞を持つ曲調ということになります。  その際、視聴者の意表を突くような刺激的な音や実験的な要素は極力削ぎ落として、ドラマ本編とベクトルを同じくする必要が生じます。  だから、「神々の襷(たすき)」の薄味なポップさは、こうしたやむを得ない事情によって、事務的に調整された結果の音楽性だという推測も成り立つのです。

エンターテイメントのドラマというよりも…

 こうして見ると、『俺たちの箱根駅伝』、そしてその主題歌である「神々の襷(たすき)」は、エンターテイメントとしてのドラマというより、政府広報の啓発ビデオのようなものと言ったほうが、性質が近いのかもしれません。  しかし、それを「テレビドラマ」として楽しめるかどうかは、また別の話。  まるでデモテープのような「神々の襷(たすき)」は、その音の薄さと軽さで、道徳的に正しい感動ストーリーに冷水を浴びせているようにすら聞こえるのです。   <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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