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「ギフティッド=天才だから人生がラク」は大きな誤解。「学校がつらい」と悩む子も…知られざる“生きづらさ”を専門家が解説

最大の困難は「授業が退屈で仕方ない」こと

――知的ギフティッドの子どもたちは、学校生活でどんなことに困りやすいのでしょうか。 角谷:いちばん大きい問題は、やはり一日の大半を過ごす学校の授業が退屈で仕方ない、そのような授業を受ける意味がわからない、ということです。  多くのギフティッドの子は、平均すると2〜4学年上の知的能力を持っています。たとえるなら、「高校1年生に『小学6年生の授業を1日中、真面目に受けなさい』と言っている」ようなものです。 教室の机で退屈そうにしている小学生男子――それは、つらいですね。 角谷:学校生活の大半の時間が面白くないので、フラストレーションがたまり問題行動も出やすくなります。授業も学校も退屈なのですから、当然ですよね。そこへ、たとえば友だちとのやりとりで少し理不尽なことが重なると、それを受け流す余裕がなくなってしまうこともあります。はたから見るとささいなことで激高する場面が続いて、「キレやすい子」と受け取られてしまうんです。  もちろん、ギフティッドなら必ず困難を抱える、というわけではありません。その子の性格や、学校・先生との巡り合わせによっては、生き生きと力を発揮している子もいます。ただ、「先生はそういう授業をしなくちゃいけないんだよね」と達観して子どもの側が譲歩し、困りごととして表面化していないだけというケースもあります。

“クラスに1人”だからこそ、わかり合える友達に出会いにくい

――ほかにも、ギフティッドの子が困難を抱えやすい理由はありますか? 角谷:知的ギフティッドの子が少数派であることも、その一つです。割合でいうと、全体の2.8%といわれています。およそ1クラスに1人です。ただ、これは均等に割った場合の統計上の数字で、実際にどのクラスにも1人ずついるわけではありません。 ――クラスに1人という割合は、正直、多いなと思ってしまいました。 角谷:これを多いと見るか、少ないと見るか。ギフティッドを「天才」とイメージしている人にとっては、「1クラスに1人も天才がいるなんて、多すぎない?」という感覚でしょう。  でも、その子の立場からするとクラスに自分と同じような子がいないということです。明らかにマイノリティなんですよね。周りに合わせて話すのではなく、構えずに自然体で話すなかで、「だよね~」と言い合える友達に出会える確率は、どうしても低くなります。  授業の中での話し合いでも、「どうしてそんなところに目をつけるのか」「どうしてそこを面白がるのか」と、ギフティッドの子もそれ以外の子も、お互いに相手の言っていることが理解しにくい状況が起こりがちです。 ――人間関係にも影響しそうですね。 角谷:そうですね。ギフティッドという概念が浸透していなかったころは、人間関係がうまくいかないのは、その子の社会性が未熟だからだと捉えられてきました。でも実際には、その背景に、少数派にならざるをえないほどの知的能力の高さがある。そして、世の中の経験の仕方や、物の見方・考え方の違いがある。そこがやはり、ギフティッドの子の難しさです。
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ギフティッドであることが強みになるとき
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